QRコードを読み取るだけで、多言語で情報を発信
株式会社PIJINが開発した「QR Translator」は、訪日外国人に有益な情報を多言語で提供する世界で初めてのソリューション。観光地や駅、空港などにある案内看板や印刷物などに貼付したQRコードをスマートフォンで読み取ると、ユーザーに合わせた言語で情報が表示されるというスグレモノだ。このシステムは2011年に国内ビジネス特許を取得して事業がスタート。現在、英語・ドイツ語・フランス語・中国語・韓国語など39言語に対応している。 「スマホのブラウザを利用するので、ユーザーはアプリをダウンロードする必要がなく気軽に利用できるのがメリットです。一方、提供側はアプリの更新管理コストがかからず、多言語化による翻訳・制作・印刷コストも抑えることができます。インバウンドや外国人の転入や多い地域では有効でしょう」と代表取締役の松本恭輔氏は話す。
観光・行政サービス・交通機関などで採用が広がる
QR Translatorは、奈良市や泉佐野市といった関西圏、首都圏、広島、愛媛、東北など全国の自治体の観光案内や行政サービスの他、公共交通機関、神社仏閣、各種展示施設、商品説明POP・パッケージなど、さまざまな分野への採用が拡大。たとえば京都の伏見稲荷神社では境内の各スポットの看板にQRコードを貼付し、多言語による表示と音声ガイドで案内している。また、貴船神社では御神水につけて占いが浮かび上がる水占みくじの結果を、日本語の他に英語、簡体字、繁体字、韓国語で提供。新しい施設では、大阪城JO-TERRACE OSAKA、MIRAIZA OSAKA-JOの館内リーフレットや大阪城公園案内ガイドブッグにも採用されているという。
その他、視覚障害者向けにはアナウンスなどの聴覚情報を多言語化するヤマハの「おもてなしガイド」と連携したり、聴覚障害者向けには照明器具で視覚的に情報を発信するシステムとの連携を進めるなど、音や光を利用した外国人障害者用の情報発信も提供中。さらに、少し離れた場所からでも読み取れるポスターを利用した画像認識システムもリリースしたばかり。様々な方式を採用することでより100%に近い方に対応できるサービスをめざしているという。
観光情報と同時に災害情報を発信し、外国人に安心を提供
QR Translatorは、このような観光・行政情報サービスに加え、災害情報の提供もスタート。熊本地震の直後に現地から外国人向けの災害情報発信に応用できないかと相談があり、経済産業省のIoT推進ラボをきっかけに国立研究開発法人防災科学技術研究所のコンソーシアムに参加するなどして研究開発を進めてきた。
同社の災害情報システムは、WEB上に施設情報や観光情報を多言語で発信するともに、JアラートやLアラートと連動して地震発生時に警報情報を表示し、指差しツールや音声案内で「今、何をしなければいけないか」「どこに避難すればいいのか」などが瞬時に分かるようになっている。大阪の泉佐野市では全国に先駆け同社のシステムの採用が決定している。主要駅や観光案内所の掲示板や観光リーフレットにQRコードを掲載し、観光情報とともに災害時の心得や緊急ハザードマップなどの情報を多言語で発信しているという。
このような有益な情報発信ではあるが、自治体に導入を進めるにあたっては苦労も多いという松本氏。
「自治体で災害情報システムを導入しようとすると、大規模なサーバーを用意するなど数億円単位の設備投資をしているものの、その情報を市民が受け取る方法は用意されていないのがほとんどです。当社のQR Translatorはソフトだけなので数百万円もあれば導入可能であり、クラウド化により浮いたお金を避難訓練や啓発活動にシフトし、外国人の防災意識を高めることができると提案しています。また一方で、日本人よりも外国人向けの情報発信に予算をかけるのかと言われることもあります。そこで横浜市と連携協定を締結し、弊社が民間企業との協力で資金調達をしてQR TranslatorでのWebアプリ開発で観光賑わいづくりから災害情報の提供も含めて推進していくことになりました。今後、都市部の自治体では有効な手段として展開できると考えます」。
さらに、同社は昨年度消防庁から外国人を対象とした避難訓練の実証実験を受託し、その検証結果をもとに、駅・空港・競技場・宿泊施設などの避難誘導ガイドライン作成にも貢献。今後、ラグビーワールドカップやオリンピック・パラリンピックに向けて、外国人の避難誘導に生かしていく方針だ。全国的な防災に対する意識改革がこれからの課題だという。
ハード偏重からソフト重視に転換し、社会的コストを下げる
松本社長は関西学院在籍時代にベンチャーを立ち上げ、都市計画のコンサルティングに携わっていた。街づくりで自治体との折衝経験があったことから、PIJINの役員をしていた大学の恩師に誘われ、外部から営業をサポートするようになる。
「当時はQR Translatorのサービスができたばかりで、営業展開はこれからの状態でした。私が自治体に営業をして、お客様の声や私たちが使った感想をフィードバックして機能をバージョンアップしていったんです。この営業活動によって導入実績が増えて来たタイミングの2016年に、チャンスをいただき代表に就任しました」。
松本氏は仕事の傍ら、母校の関学で10年以上、講師を続けてきており、ライフワークでは学生と一緒に西宮キャンパスがある甲東園地域の活性化プロジェクトもボランティアで活動中。また、兵庫県立大学大学院の客員准教授としても登壇している。
「学生時代にベンチャーを立ち上げて以来、自分の仕事をソーシャルビジネスだと捉えています。私自身はソーシャルビジネスの定義を、社会的コストを下げることと位置付けており、QR Translatorによってハード偏重からソフト重視に世の中の流れを変え、そこで下げられたコストを地域活性化などに還元していきたいです。そして、平常時であっても緊急時であっても外国人や障害者が置いてきぼりにならないフェーズフリーな社会を築いていきたいと考えています」と理想の社会像を語る松本氏。今後の目標は国内での導入実績をさらに増やすとともに、海外展開により事業をスケール化していくと語ってくれた。
「QR Translatorは日本、アメリカ、ロシア、中国、香港でビジネスモデル特許を取得しています。日本と同じような方法で海外でも展開していくことは可能なので、現地のパートナー企業と連携し、本システムを広げていきたいところです。まずは日本と親和性の高い東南アジアからスタートしたいですね」。
世界をビジネスフィールドに、上場に目標を置いてチャレンジしていきたいと意気込む松本氏。その眼差しは大きく未来を見つめている。
取材日:2018年8月13日
(取材・文 大橋 一心)