ヴィーガンをもっと気軽に!レシピサイトを軸に暮らしをサポート
肉や卵はもちろんのこと、牛乳などの乳製品や鰹節で取ったダシなど、動物由来の食品を一切口にしない“ヴィーガン”というライフスタイル。健康や動物愛護、環境問題への意識の高まりなどを背景に、日本でも暮らしに取り入れる人が増えている。
とはいえ、肉や魚介類を避ける生活や人を意味する“ベジタリアン”ほど認知が広まっていないこともあり、外食などの際には「食べられるものがない」こともしばしば。また、食材が限られるため、家庭で料理を行う際にも苦労は絶えないのが実情だ。
そういったヴィーガンを実践する人々の悩みを解決するのが、ヴィーガン料理のレシピ投稿サイト「ブイクック」だ。2019年7月にサービスを開始したブイクックは、2021年1月現在、ユーザーから投稿された約2,000のレシピを掲載しており、月間約95,000人のユニークユーザーが利用している。レシピはインスタグラムにも投稿しており、フォロアー数は約63,000人にのぼる。
「レシピ投稿サイト『ブイクック』は、ヴィーガン生活者が集まる大きなコミュニティにもなっています。そこで、食品メーカーをはじめとしたヴィーガン市場でビジネスを行う企業に対し、マーケティング支援するという事業も展開しています。
ユーザーに対するインタビューや商品のPRなどを通し、企業がヴィーガンライフを取り入れる人たちのリアルな声を集めるサポートを行っています。また、企業で講演を行い、ヴィーガンの悩みや要望を伝えるという活動も行っています」
そう語るのは株式会社ブイクックの代表取締役・工藤柊氏だ。
「サービス立ち上げ時から一貫しているのは、『ヴィーガンの生活がもっと楽になるように』『もっと気軽にヴィーガンライフを始められるように』という思いです。
レシピサイトはその大きな柱なのですが、さらに踏み込んで、調理された惣菜を配達するサービスを2021年2月よりスタートします」
「ブイクックデリ」と名付けられた新サービスは「調理する時間がない」「職場でもヴィーガンメニューを食べたい」という要望に応えるべく、6食分の冷凍惣菜が定期的に届けられるというもの。
このサービスは企画段階において、大阪イノベーションハブ開催の「ミライノピッチ2020」でOIH賞を受賞。更にプランをブラッシュアップし、満を持して2021年2月にサービスを開始した。
“不条理”への問題意識が出発点。全国を回って仲間の声を集めたことも
工藤氏は神戸大学国際人間科学部に在籍する現役の大学生だ。ヴィーガン生活を始めたのは高校3年生のとき、車に轢かれた猫を目にしたことがきっかけだった。しかしそれは、“最後のひと押し”に過ぎなかったと話す。
「学校の社会の授業で地球温暖化について学び、環境問題について興味を持ちました。色々調べていくと、環境問題の多くは先進国の活動による途上国への“しわ寄せ”という側面を持っていることを知ったんです。
たまたま生まれた場所が違うという理由だけで、一方的に負担を押し付けられることに、私はなんとも言えない不条理さを感じていました。動物に対しても同じように考えていて、家畜やペットなど、動物の中でも扱いに差があることを、どうにも受け入れることができなかった。
以前からモヤモヤと感じていたそんな思いが一気に噴き上がってきて、自分に何かできないだろうかと考えた末に『ヴィーガンを実践しよう』と決意。翌日から『肉・魚・卵・牛乳は食べない』と宣言し、ヴィーガン生活を始めたんです」
とはいえ、ヴィーガンに関する詳しい知識はほとんどなかった当時の工藤氏。何を食べていいのかわからず「2週間はおにぎりと野菜を煮込んだだけの水炊きだけで生活した」と笑いながら話す。
その後ヴィーガン生活を実践する人々が集まるイベントに参加し、大豆を加工したソイミート、湯葉や豆腐などを工夫して調理することで「ハンバーグやオムライスだって食べられる」ということを知り、自身のヴィーガン生活を徐々に充実させていった。そんな苦労を経験したからこそ「ヴィーガン生活をもっと気軽に!もっと情報を!」という思いは人一倍強くなった。
神戸大学に入学後は、学内の食堂にベジタリアンメニューやハラルメニューはあるのに、ヴィーガンメニューは野菜炒めしかないことを知り、食堂を運営する生協と交渉。ヴィーガンメニュー導入が叶った。
さらに、神戸のヴィーガンカフェのオーナーとのご縁で、店長を任せてもらえることに。
「このとき、売上や経費など、店の運営の仕組みを知ることができました。それまでは『ヴィーガンをもっと手軽に!』という思いだけでやってきたのですが、その目標のためには、売上も確保してビジネスとして継続させることが大事だと学びました。
同時に、神戸だけでなく全国のヴィーガン生活を送る人々が力を合わせることで、目標を実現したいと思うようになったのです」
そう思い立った工藤氏は「全国のヴィーガン生活を送っている方々と直接会って話をし、100人の仲間を集める」という目標を設定。2カ月かけて北海道から沖縄まで脚を運び、ヴィーガン生活についての悩みや希望をともに語り合った。
ここで出会った仲間を中心にしてまずはNPO法人を設立した。そのなかから生まれてきたレシピサイト制作というアイデアが、株式会社ブイクックへとつながっていく。
クラウドファンディングを駆使して資金、アイデア、仲間を集める
全国を回るにあたって、工藤氏はクラウドファンディング(CF)を利用して活動資金を調達した。実は前述の「ブイクックデリ」のサービス開発にあたってもCFを活用したほか、ヴィーガンレシピ本の書籍発行の際にもCFを活用した。
「私が好きな組織の仕組みとして、生協のような『協同組合』があります。
協同組合は、問題意識を持った人が自分たちでお金を出しあい、自分たちの求める商品づくりを行います。そして、出来上がった商品を自分たちで利用する。課題解決のために自ら動き、責任を持つというところが好きなんです。
CFはそれに通じるところがあります。『いいな』と思うサービスや商品に対してお金を出すことで応援でき、完成した際はそのサービスや商品を実際に利用できますからね。課題意識を持った仲間が集まるという点で、とてもいい仕組みだと感じてします」
さらに工藤氏は、CFに関してはマーケティング的な側面での効果も大きいと指摘する。CFでは、共感を得ることができるサービスや商品であれば着実に資金を得ることができるが、逆に共感を得られなければ、なかなか資金は集まらないからだ。
「自分がいいと思ったものが、本当にいいものなのか。独りよがりになっていないか。それをチェックできる」と語る工藤氏。CFをフル活用して資金やアイデア、そして仲間を集めるなど、デジタルネイティブ世代の強みを遺憾なく発揮していた。
工藤氏は自身の起業について「起業することが目的ではなかったんです。困っていることを解決したくて、そのためのベストな方法が起業だっただけ」と話す。
「在学中に起業したので、ビジネスマナーも知らず、名刺一つロクに渡すことすらできなかった。社会に出て知らないことばかりで、最初は本当に苦労しました。だから社会人として経験を積んでから、起業するに越したことはないと思う。
でもNPO時代から一緒に活動するメンバーで、仕事や家族といったリスクが一番小さいのが、大学生の自分だった。最悪の場合、失敗しても自分だけなら大学に戻ればいい。
それなら、私がみんなを代表して起業しようと思ったんです」
ヴィーガン生活を取り巻く困りごとや、それを解決したいと願う多くの人の思いを背負って会社を立ち上げた工藤氏。だからこそ、しっかりとビジネスを軌道に乗せ、継続させることにこだわる。
「ブイクックに投稿されているレシピには、仲間を思う気持ちや家族の健康を願う気持ちが凝縮されています。
私たちが事業を続けられなくなると、レシピサイトのサーバーが止まってしまう。サーバーが止まれば、その大切なレシピまで失われてしまう。それは絶対に避けないといけない。
だからこそいつまでもサービスを続けられるように、しっかりとした経営を行っていきたいと考えています」
困っている人の悩みをていねいに解決すれば、必ず“刺さる”
全国にヴィーガン仲間とレシピサイト利用者の輪を広げた工藤氏。これまでの取り組みを振り返って「最初の数人を一生懸命理解しようとしたことが、すべての始まりだった」と語る。
「初めから今のような全国規模のサービスを考えていた訳ではありません。目の前で困っている人の声にしっかりと耳を傾け、焦らず丁寧に解決策を考えてきました。
『困っている人が笑顔になるお手伝い』というのは、これからも変わることなく追求したいです。それが結果として、同じような悩み事を持つ人に喜んでもらえるような、“刺さる”サービスに発展するのではないかと考えています。
環境問題への選択肢としてエコバッグやマイボトルが定着したのと同じように、ヴィーガンが特別なものではなく、ごく普通の選択肢の1つとして存在する社会を実現したいです」
そのために、ブイクックが日本一のヴィーガンレシピサイトとして成長し、ブイクックデリのメニューを拡充させ、ヴィーガン生活のインフラとして定着することを目標としている。
世界的にヴィーガンは広がりを見せているが、日本ではまだまだ認知度が高いとは言い切れない。それゆえの苦労を経験し、その解決に取り組む工藤氏に、最後に「ヴィーガン生活の魅力」を訊いた。
「価値観を共有できる仲間と出会えたこと。そしてもう1つ、動物愛護や環境問題などに対して『気がついているのに目を背けたり、何もしない』のではなく『自分なりに悩み、向き合って、まず第一歩が踏み出せた』こと。
不便さは確かにありますが、課題意識に対して自分が行動できたことで、ずっと抱えていた心のもやもやはなくなりました。ですから、気持ちは以前よりもずっと楽で軽やかですよ」
取材日:2021年1月27日
(取材・文:松本 守永)