AIのコモディティ化で、世界の変革に挑む企業・研究者を支援する!
世界中でAIの研究や導入が加速し、事業経営・業務の効率化や新製品開発のスピード向上、学術分野では研究におけるデータ解析などにも広がる現在。優れたAI技術の構築は、競争が激化している産業界の研究分野では最上課題とされつつある。
AIの進化=人間で言う知能向上を生み出すベースとなるのが機械学習で、その中でも画像、音声、言語などのデータを自動で符号化し、あらかじめ設定された目的に沿って推論/生成まで行うのがディープラーニング。これらの研究で得られる知見を新たな知識として取り入れ、研究者達はより高精度な認識力、判断力、分析力を持つAIを開発していくのである。
「産業の発展を支える生産の自動化や研究の基礎となる膨大な量のデータ解析、そして今では人の暮らしの向上など、AIを駆使した新たなイノベーションの登場が待たれる世の中で、ディープラーニングはブレイクスルーのカギとなるものです。
しかし、ディープラーニングを扱うには、高性能なGPUを搭載した高価な機械・大容量のデータストレージが不可欠であり、かなりの初期投資を要します。もちろんAWS(Amazon Web Service)という知名度の高いクラウドにも定額課金サービスはありますが、こちらも月に数十万から数百万と非常に高コスト。誰もが容易に導入できるものではないのが現状です。」
と話すペガラジャパン合同会社代表社員の市原俊亮氏。
多くの課題があるAI研究にて、現状を大きく変えるサービスが、同社が2018年にリリースした『 GPU EATER 』。
「人工知能の恩恵を、すべての人に。」とのミッションから誕生したこのクラウドサービスは、世界で圧倒的ユーザー数を誇るAWSよりも最大80%安価で、最大50%高速なパフォーマンスを引き出すことから、AI分野に新たなソリューションを提供するものとして評価が高まっている。
すでに40カ国400社以上ものユーザーがおり、今後も躍進が期待されている。今回はその開発の経緯と革新的サービスを生み出した市原氏の横顔に迫ってみたい。
音楽家への夢をあきらめ、飛び込んだITビジネスの世界で新規事業に挑戦
クラッシックピアノ奏者になるという子どもの頃からの夢を実現するために、音楽大学に進学した市原氏。当初は音楽一筋であったが、やがて周りの学生達とのレベルの差に愕然とする。
「周りには、子どもの頃から有名な先生のレッスンを受けた学生、ウィーンへの音楽留学経験のある学生が結構いました。その人達が奏でる音楽はもう格段に違っていて、この中で競っても自分がめざすようなプロにはなれない。音楽は趣味として楽しんでいこうと考えるようになったんです。」と路線変更を決意。
そうして自分の将来をリセットし、ゼロとなった時に出会ったのがインターネットだった。そこからプログラムに興味を持ち、独学で技術・知識を習得し、卒業後、フリーランスのプログラマーとしてのスタートを切ったのである。
周りも一目置くIT技術を身につけることができたのは「知的好奇心が人より強かったのと、音楽で培った集中して努力するということが苦にならない性格が良かったんだと思います。」と市原氏は語る。
その後「近い将来、大規模データベースを扱えるエンジニアや会社がもっと必要とされる」との思いから、2005年25歳の時に、主にビッグデータ関連のコンサルティング・受託開発を行う株式会社RAIJINを起業。順調に業績を伸ばし、企業規模も拡大していった。
リーマンショック時に収益が激減する中、受託開発からITコンサルティングに事業をシフトして再スタート。2014年には、同社の持つノウハウと優秀なエンジニア集団の力、市原氏自身の経営や事業企画センスを評価されて、マザーズ上場企業の株式会社ウェブクルーに事業を売却。市原氏は、同社の取締役社長室長として新規事業の創出に関わり、起業家としての本領を発揮した。
上場企業でのスケールの大きな事業に関わり、多くの経験をした後、2014年末に同社を退職。知り合いだった中塚晶仁氏(現・米国法人Pegara,Inc共同創業者兼CTO)と共に、世界のITの先進地シリコンバレーへたった2人で乗り込んだが、その先でまた新たな挑戦が待ち受けていた・・・。
2015年3月サンフランシスコにて 中塚晶仁氏(現・米国法人Pegara,Inc共同創業者兼CTO)らと一緒に記念撮影
ITの聖地で生まれ、磨かれたAIビジネスで世界のAI事情を変えていく!
シリコンバレーでは、ビジネスの種を探すため、日々現地で開催されるMEET UPイベントに参加。ITに関する世界最高レベルの頭脳や技術者が集まる中での日々は刺激的だったという。
「シリコンバレーの中で感じたのは、当たり前のように“誰もが世界を変えることができる”意識を持ち、変革しようと行動する人が多かったことでした。長年ITに携わりながら、一度もこの世界を知らなかったことを後悔するくらい、大きな衝撃を与えてくれましたね。
またアメリカだけでなく、イタリア、インド、中国など、世界中の人が集まる中では、世界の情報が手に入りやすく、ITビジネスをする上で非常に見晴らしが良い場所だとも思いました。
当時の私は、上場企業の役員から無職という、0からのスタート地点に立っていたこともあって、この時“全く新しい世界を変えるビジネスを創る”という強い決意が芽生えたのを覚えています。」
まさにITの聖地で雷に打たれたような衝撃を受けた市原氏達は、米国で事業を展開することを決意し、2015年9月に米国法人Pegara,Incを設立。世界的にもチャレンジしているところがなかったAIを使った認知症予防に関するビジネスの構築に取り組んだ。
しかし、ヘルスケアの知見がない中での事業化の難しさとタイミングが今は適切ではないということから断念することに・・・。
そうして原点に立ち返り、自分達の得意分野であるIT・AIをコアとしたビジネスを開発しようとする中で新たな気づきを得る。それは、AIやクラウド環境の開発・研究用に次々とパソコンやサーバなどの機器を購入するたびに大幅なコストがかかることだった。
そんな時、GPU業界最大手のNVIDIAから「当社の安価なコンシューマー用GPUをデータセンターに使ってはいけない」という規定改変がされる。
「この時に困ったことがきっかけとなって、じゃあ他社製の安価なGPUでクラウド環境をつくれば良いのではないか?という発想が生まれました。ちょうどその頃、AMD社がディープラーニング用のソフトウェア開発に参入し、会社としても販売攻勢をかけようとしているタイミングとも合致し、私達のGPU EATER の実現に至ったのは幸せでしたね。」
こうしてシリコンバレーに来てから3年、ついにGPUクラウド『 GPU EATER 』は誕生した。
「人工知能の恩恵を、すべての人に。」との思いを実現するためにこれからも。
サービスリリース後、市原氏は投資家への認知度を高めることとエンジニア採用のための企業イメージ向上を目的に国内外のMEET UPに登壇した。
2019年の2月には、大阪イノベーションハブ主宰の『GET IN THE RING OSAKA 2019』に登壇し、大きな成果を得た他、同年9月には、シードラウンドで104万米国ドルの調達に成功。その後も世界各国の優秀なエンジニアの採用を行うなど、着々と会社の足固めをしていった。
奇しくも、世界中が新型コロナウイルス感染症によって事業は停滞を余儀なくされている現在、同社のビジネスは正念場に差し掛かっている。しかし一方で、ワークフロムホームの推進によりクラウドの活用が活発化し、ソーシャルディスタンスという点では、BCP=事業継続計画の観点からもAIの導入が有用となるなど、同社にとっては追い風となる側面も見えている。
こうしたWITHコロナ、ニュースタンダード下という厳しい中では、産業やマーケティング、ラーニング分野など、人の暮らしにも貢献する『 GPU EATER 』をはじめとしたペガラジャパンのAIサービスにますます期待は高まるばかり。苦しいことばかりではないのだ。
「私達は、2019年よりターゲットを日本に絞り、事業展開を進めています。めざすのは “人工知能の恩恵を、すべての人に。”というミッションに則ったAIのコモディティ化です。
今後を見据えて、GPU EATERのさらなる拡販と進化、また新たにAIのソフトウェア開発にも取り組んでいます。これからも続く新型コロナウイルス感染所による社会の変化は、人の暮らしにとっても大きな影響を与えるはずです。
でもその中でAIが人の暮らしに役立つことは多くあります。だからこそ、AIをもっと世の誰もが簡単に活用できる世界を創りだしていくことに私達は取り組んでいきたいんです。」
市原氏が最後に語ってくれた言葉には、“AIで世界の人を支えたい”という熱い使命感が感じられた。
取材日:2020年6月22日
(取材・文 山下 満子)