情報格差をなくし、介護施設と人をつなぐマッチングアプリ『KURASERU(クラセル)』
世界のなかでも、例をみないスピードで高齢化が進行する日本。現在、65歳以上の人口は3,500万人を超えており(※1)、2025年には人口のボリュームゾーンである団塊の世代が全員75歳以上の後期高齢者となることで医療や介護の需要が一気に増大する、いわゆる「2025年問題」に突入する。そうした背景を受け、厚生労働省は高齢者が住み慣れた地域で自分らしい暮らしができる「地域包括ケアシスム」の構築に乗り出したのはご存じの通りだ。
政府が描く「地域包括ケアシスム」とは、自治体主体のもと医療や介護、生活支援の各機関が連携し、地域の包括的な支援・サービス提供体制をつくりあげること。しかし、現実問題として医療機関と介護施設との連携は容易ではない。それどころか、状況はますます深刻化し、介護・看護疲れによる自殺や心中、過酷な老老介護で起こる事故など悲惨なニュースが後を絶たない。
こうした医療・介護の現場で起きている深刻な社会的課題を解決すべく、ITを活用した介護施設マッチングサービス『KURASERU』をスタートさせたのが、株式会社KURASERU(クラセル)CEOの川原 大樹氏だ。
川原氏は、「医療と介護の連携を阻む最大の要因は、情報格差にある」と指摘する。 「実は介護施設の情報は属人ベース。たとえば退院後、介護が必要な患者さんやそのご家族が施設を探す際、個人では施設情報はほとんど皆無ですからソーシャルワーカーやケアマネージャーに相談するしかありません。しかし、持っている施設情報は人によってさまざま。わずかな情報量しか持たないソーシャルワーカーやケアマネージャーだと、行くところや対処方法が見つからず、行き場を失い大きな負担を抱え込んでしまうのです」。 一方、介護施設は稼働率90%以上でなければ赤字を出してしまうため、忙しい現場のスタッフが営業活動も行わなければならず、疲弊して退職してしまうことで人手不足に拍車が掛かるという負のスパイラルに陥っている。
介護施設マッチングサービス『KURASERU』は、属人ベースの情報をデータベース化し医療介護双方が情報を共有することで、医療・介護に横たわる問題を一気に解決に導く画期的なシステムだ。「私たちがめざすのは、“誰もが暮らしたい場所で暮らせる世の中をつくる”こと。『KURASERU』はそのために医療と介護、生活者を適切に結びつける情報プラットフォームなのです」。
マーケットが大きく将来性のある舞台で勝負するため、医療・介護の世界へ
そんな川原氏のスタート地点は、10代の頃に遡る。会社経営者だった父親の背中を見て、将来、自らも起業することを決意したという。「どうせやるなら、マーケットが大きく将来性のある舞台で勝負しようと。それで目を付けたのが医療・介護業界でした」と当時を振り返る。まずはビジネスチャンスを探るために介護職員にヒヤリングを行った川原氏だが、「現場を知らなければ誰も相手にされないよ」と言われ、一念発起。翌日には介護施設の扉をたたき、業界に飛び込んだ。介護スタッフからスタートし、施設のリーダーを勤めた後、医療機関のソーシャルワーカーへ。
2016年には訪問介護ステーションの会社を立ち上げるなど、医療・介護におけるさまざまな経験と知見、人的ネットワークを培っていった。そのなかで、確かなビジネスチャンスを確信する。「自ら現場に身を投じ“現実”を知るからこそ、情報格差という大きな問題が見えてきましたね。そして、人や社会の要請に応じて処置を講じるサービスではなく根本的なところで問題を解決することのほうが、ソーシャルインパクトが大きく、より多くの収益が図れると考えました」と川原氏。
その時すでに、頭の中にITを活用した介護施設マッチングサービス『KURASERU』のアウトラインは描かれており、大学時代からIT業界で活躍していた友人・平山 流石(るい)氏(現取締役COO&CTO)に声をかけ、2017年10月に株式会社KURASERUを設立。 日本の未来につながる、大きな挑戦が幕を開けた。
資金を調達し実証実験に挑む。その成果を土台に次のビジネスチャンスを創る
『KURASERU』の大きな特徴は、BtoB向けシステムであるということだ。ユーザーは医療機関と介護施設。医療機関からすると、登録されているすべての介護施設情報や空き状況などが一目でわかり、退院患者のために最適な施設を提案できる。介護施設からすると稼働率を高めるために闇雲に営業する必要がなく、病院から受け入れる際も担当医療ソーシャルワーカーとスムーズなコミュニケーションが可能。双方ともに今まで費やしてきた膨大な時間と労力を削減することができるという仕組みだ。
「従来、生活者向けに施設を紹介するWEBサイトはありましたが、実際入居するとなると、患者の健康状態や病歴・服薬情報、生活に必要な治療などしっかり伝える必要があり、適した施設を判断するには、医師やケアマネージャーなどの判断が不可欠。重要なのは、医療機関と介護施設がきちんと連携を図れるツールであるということです」。 しかし、初期の『KURASERU』はウェブシステムだったことから、それではなかなか現場に使ってもらえないことに川原氏は気づく。
「実際に使うソーシャルワーカーやケアマネはつねに動き回っていて、病医院や施設にはPC環境が整っていないところもある。もっと業務に寄り添ったものにするために、ポータブルで使えるネイティブアプリの開発をする必要がある。そのために、まず資金調達を図ろうと考えました」。
さらに、医療や介護は行政との連携も鍵となる、川原氏は2017年12月「KOBE Global Startup Gateway」、2018年 6月OIHシードアクセラレーションプログラム(5期)に採択され、企業としての信用を構築。そして、1.8億円の資金調達を得て神戸市内の医療機関で実証実験の機会を獲得する。
「9病院にタブレットを無料で配布し、まずはどんどん使ってもらえる環境を整備。実務での必須ツールにしてもらうことで、次の展開へと進むのが狙いです」と川原氏。 その成果もあって800人だった登録患者数は4,000人を突破。『KURASERU』はビジネスとして大きな飛躍を遂げた。
神戸から全国へ。すべては人々の健康的でより良い暮らしのために
そして今後も、医療・介護社会の課題解決のために川原氏の挑戦は続く。 「神戸での成功を土台に、次は大阪へ、そして全国へと、“誰もが暮らしたい場所で暮らせる世の中”を拡大していきたいですね」と、これからの展望に意欲をみせる。 深刻化する日本の高齢化社会や介護問題に、一筋の光を投げかける川原氏のビジョン。 神戸から発信する新たな社会システムが、日本の未来を明るく変えてくれるに違いない。
取材日:2019年12月5日
(取材・文:山下 満子)