アドフラウド(広告詐欺)の被害から守る、国内最大級の対策ツール『SpiderAF』
「アドフラウド」という言葉をご存じだろうか?「アド=Ad(広告)」+「フラウド=Fraud(詐欺)」 の意味の通り、ネット広告においてbotやプログラムなどを使ってインプレッション(表示回数)やクリック回数、インストール件数などの“成果”を水増しする不正行為のことであり、実際にはない成果をあったように見せかけることで不当に広告報酬を搾取する詐欺行為である。
2018年の世界のインターネット広告媒体費約20兆円のうち、アドフラウドによる被害額は約1.9兆円に上ると推測。その手口は年々高度化、巧妙化が進んでおり、世界広告主連盟WFA(World Federation of Advertisers)の最新報告によると、2025年までに被害額はおよそ500億ドル(約5兆4,188億円)に増加すると予測されると同時に、マフィアや反社会的勢力の温床になっていることも大きな社会問題となっているのだ。
「もちろん、日本においても被害は深刻です。2018年1年間、当社の解析ツールによって日本国内のネット広告を調査した結果、およそ2,500万のアプリインストールのうち約20%がアドフラウドの被害に遭っていました」と話すのは、株式会社Phybbit(フィビット)CEO大月聡子氏。約2年半前にAI搭載のアドフラウド対策ツール『SpiderAF』を開発し、ネットワーク事業者向けと広告主向けのサービスを開始。「Building a Safer & Happier Future With Automation(自動化で幸せで安全な世の中を作ろう)」というビジョンのもとアドフラウドの撲滅を通して世界の健全化に貢献することをめざす、国内はもとより世界から熱い注目を集めているIT企業だ。
マーケットフィットと啓蒙活動のふたつを軸に、業界に先駆け問題に切り込んでいく
大学院で原子物理学を専攻していた大月氏。卒業を控えた2011年は、時の民主党政権による「事業仕分け」によって日本の科学技術予算が大幅にカットされ、基礎研究分野に大きな打撃を与えていた頃だった。
「日本には優れた研究者が数多くおり、ノーベル賞受賞者を輩出するなど世界でもトップレベルを誇ります。でも、現実には活躍できる分野はどんどん狭くなり、優秀な人材が埋もれてしまうという悔しさをつねづね感じていましたね」。そんな想いを知人と語り合っていた時、「じゃあ、自分で活躍の場をつくってみれば?」という言葉に後押しされ、卒業後、数人の仲間たちと株式会社Phybbitを設立。WEBやスマートフォンなどのアプリケーション開発を主力事業とし、受託開発を請け負う会社をスタートさせた。
「最初の頃は受託メインでしたが、いずれは自社開発による独自のサービスも考えていきたいという想いがあって、海外で流行っていたビッグデータ解析用のフレームワークをつくったんです。その売り先に悩んでいた時に、あるネット広告配信事業者の方からアドフラウド対策に利用してみてはどうかとアドバイスをいただいたのが『SpiderAF』誕生のきっかけです」と大月氏。テスト版の段階から着実に成果を出し、2017年6月の正式リリース以降たちまち口コミで拡大していった。
最近でこそ耳にすることが増えたアドフラウドだが当時、日本ではまだまだ認知度が低く、国内の市場にフィットしたサービスも少なかったという。そうした状況に切り込んでいくために、大月氏が注力したのはマーケットフィットと啓蒙活動だ。「まずはサービスに価値を感じていただくため、データを可視化するビジュアライゼーションで透明性を追求。そして、サービスの展開と並行して勉強会やイベントを開催し、アドフラウドへの理解と対策の必要性をアピールしていきました」。
業界に先駆けた積極的な活動が成果を生み、現在、ネット配信事業主向けにおけるシェアは実に過半数以上を占め、広告主向けにおいても着実に業績を拡大中。ネット広告におけるセキュリティを牽引するリーダー的存在として、大いに存在感を発揮している。
世界に仕掛けた“勝負”が契機となり、起業家として次なるステップへ
そんな大月氏にとって、ひとつの契機になったのが、2019年2月に行われたスタートアップによるピッチコンテンスト『GET IN THE RING OSAKA 2019』への登壇だ。大月氏は本大会にて優勝を勝ち取り、日本代表として6月にベルリンで開催される世界大会への出場権を獲得。残念ながら世界での優勝とはならなかったものの、大月氏にとって大きな成果があったという。
そのひとつが、ビジネスにとって必要不可欠なプレゼン能力とメンタル力が大いに鍛えられたこと。「最初、サービスの内容や業績をアピールして競うものだと考えていたのですが、実際、闘いの場を経験して感じたのはプレゼン能力とメンタル力の重要性です。どんなに素晴らしい商品やサービスでも、それが人に伝わらなければ意味がありません。価値が伝わってこそ数字という結果にもつながるわけですから、ビジネスにおいて人に伝える力がいかに重要であるか、改めて痛感しましたね」。 そしてもう一つの成果として挙げたのが、前々から計画していた資金調達の実現だ。
「資金調達は当社が次のステップに進んでいくための重要な課題でした。『GET IN THE RING OSAKA 2019』は地名度を高める絶好のチャンスでしたし、実際、イベントを見に来ていたインベスターから出資が決定。会社として飛躍するための大きな足がかりを得ることができました」。
順風満帆に突き進む大月氏だが、ここまでの道のりが決して平坦だったわけではない。グローバルビジネスにおいて、「アジア人 女性 CEO」ということだけで目立ってしまう現在。ましてやIT分野で、さらに「お母さんのCEO」となると希少な存在と言えるだろう。二人の子供たちを育てながら会社を運営するなか、女性だからこそ、母だからこそ、ぶつかる壁もあったに違いない。
しかし、そうした厳しい現状にも「本質においては女性も男性もありません。重要なのはしっかりと結果を出すこと」と毅然として向き合っていく大月氏。「強いていえば、出張などは寂しがる子供たちを置いていく訳ですから、“とりあえず視察”はあり得ませんね。行くからには何が何でも結果を出す!という覚悟を持つ。そこは母親であることの強みなのかもしれません」と笑顔で返してくれた。
自らの事業領域を広げ、サイバーセキュリティとして未来を拓く
正式リリースから約2年が経過し、今や国内最大級のアドフラウド対策ツールに成長した『SpiderAF』。しかし、企業として掲げたビジョン「Building a Safer & Happier Future With Automation(自動化で幸せで安全な世の中を作ろう)」への挑戦は、まだまだ始まったばかりだと大月氏は話す。
「直近の目標としては、引き続き広告主向けサービスの拡充を図ると同時に、国内シェアTOPを達成したネットワーク事業主向けサービスについては海外進出を図っていきます。そのための課題であった資金調達はクリアできたので、もう一つの課題である人材の確保と育成に力を入れていくつもりです」。
優秀な人材確保は、今やどの業界、どの企業にとっても重要な課題であると同時に極めて困難になっている。そうした国内情勢を鑑みて、日本で働きたいという意欲的な外国人を積極的に採用するなど、大月氏は人材リソースにおいても世界を視野に入れている。 「そして、大きな方向性としてめざしているのが、さらなる事業領域の拡大です。最近ではアドフラウド対策だけなくトラフィック系セキュリティに対するニーズも増えてきているので、いろんな可能性を探りつつ新たなサービスを展開していきたいですね」。 起業家としてのシビアさと大胆さ、女性としてのしなやかさ、そして母としての強さ。 自身が持つ個性やバックボーンを「チカラ」に変えていくことで、夢の実現に向けて着実に前進し続けている。
取材日:2019年10月16日
(取材・文:山下 満子)