安定供給と技術継承を叶えるプラットフォーム
現在、農業人口の低下や高齢化が問題になっている。農業人口は1985年から2015年で3分の1に減少、年齢構成も約半数が65歳以上(※)。また、近年では、天候不順による農作物の供給量低下も相次ぎ、飲食店や食品メーカーからの安定した供給のニーズが高まっている。
これらの事態を背景に、2018年2月26日に創業したのが『株式会社エー・エス・ピー』。農作物安定供給プラットフォーム(Agri Stable Supply Platform)を構成する事業を展開している。今回、事業内容や起業経緯などについて、代表取締役社長の林 直樹氏にお話をお聞きした。
株式会社エー・エス・ピーでは、参画する生産者に対し、主に農作物の安定供給や農家一人当たりの収穫量・収入額を高めるノウハウを提供する。
例えば、エリア分散栽培管理による『通年安定供給サービス』。農作物の栽培エリアを分散することで、天候不順による影響を緩和する。また、飲食店や飲食メーカーから供給仕様(栽培品目、数量、加工状態など)をヒアリング。さらに、全国の生産者(栽培・出荷・加工業者)から成るプラットフォームを形成し、栽培〜加工〜流通を一括設計することで、安定した原料供給を実現させる。
また、産地別の『栽培技術継承受託サービス』も独自性が強い。有機栽培で単位面積当たりの収量が多く、品質も良い熟練農家のノウハウを見える化。若手農家や新規就農者に提供して、農家の経営を支援する。
具体的には、熟練農家の農地に赴いて、気温、湿度、土壌などの環境データをセンシング。また、栽培ノウハウをヒアリングしてデータ化する。明文化が難しい作業は動画で撮影。関西の大学と協力してAIを用いたビッグデータ解析を通して、栽培プロセスの標準化をめざす。今後、スマホアプリやウェアブルデバイス、IoT機器を活用し、遠隔管理や農作業ガイダンスを受けられるようにする予定だ。
また、サービスを導入した農家とは買い取り契約を結ぶ。農作物を全て買い取るため、農家側にとっては収入が安定、メーカー側にとっては供給量が安定する。一方で、栽培技術を提供してくれた農家には、インセンティブとして還元し知財を担保する。「今までは自分の農地からしか収入を得られませんでしたが、ノウハウを移植した先からも所得が入るようになる。管理する農地が増えるというイメージです」と林氏。技術を提供した側、受け取った側、両者にメリットがあるサービスだ。
作って欲しい作物を作る、熟練農家の30年を後世に残す
林氏は大阪府立大学の農学部出身。大学卒業後には『理研ビタミン株式会社』に入社して食品開発に携わる。農作物の安定供給の必要性を感じたのは、産業振興の職に就いていたとき。生産者の出口支援としてのマッチングを進めている中で、食品メーカーから「天候不順によって供給量が安定しない」、生産者側から「生産したものが売れにくい」という相談を受けたことがきっかけ。両者の声を聞く中で、「作ったものを売るのではなくて、作って欲しいものを作る事業を始めよう」と考える。そこで考案したのが通年安定供給サービス。『Challenge Iot Award 2017』に挑戦し、2018年3月に『ICTビジネス研究会大賞』を受賞した。
また、同時期に着手したのが栽培技術継承受託サービスだ。出会ったのは、和歌山県紀ノ川市で約30年間も有機レモンを栽培している熟練農家。調査してみると、主要産地である広島県や愛媛県と比べて、1本当たりの収穫量が約3倍も多いことが分かった。「後継者がおらず、このままでは30年間培ったノウハウが無くなってしまう。なんとか技術継承できないかと思ったのもサービスを考えるに至ったきっかけです」。同サービスを携えて挑戦した『ミライノピッチ2018』では『OIH賞』を受賞している。
また、もともと産業復興の仕事に携わっていたことから、ベンチャー企業が開発するAIやIoTに触れていた林氏。農業の栽培や流通プロセスに活かせるものもあり、最新技術のサービス導入を検討している。
農業とITを掛け合わせる企業は増えてきているが、「誰とも競合するつもりはない」と林氏。「弊社がめざしているのは、食の安定供給や生産者さんの地位向上です。そこに共感していただける方たちと、目標を実現するために一緒に取り組んでいきましょうと手を取り合っています」。同じ方向を向いている人と協力し合う。実際、全国600件以上の生産者ネットワークを築いている。
日本人全員を生産者に、多角的な視点で農業界に切り込む
食の安定供給と同時に、農業人口の増加もめざしている株式会社エー・エス・ピー。しかし、新規就農のハードルは高い。そこで、目標のひとつに掲げているのが「日本人全員が生産者になる」こと。水やり、摘果、収穫など、農業はいくつかのプロセスに分割できると林氏は説明する。
「全ての作業を一人が担うのは大変ですが、それぞれの作業に関われる仕組みができれば農家の負担は減り、農業がぐっと身近な存在になると思います」。『農福連携』も視野に入れており、一部の作業に関わることで、障がいを持った方の就業先や心身のリフレッシュを兼ねたワーケーションの展開も可能だ。実際、株式会社エー・エス・ピーは和歌山県からの相談を受け、山椒栽培に農福連携を取り入れようと検討している。
また、今後は、農作物安定供給プラットフォームをさらにフル稼働させていく。例えば、レモン栽培に関しては和歌山県白浜町でも実施。レモンは温暖な環境のほうが栽培をしやすいため、現地にある椿温泉の熱を活用した栽培を行う。また、京都産ワサビを生産して海外向けにブランディングするなど、農作物の横展開も視野に入れている。
その他、力を入れていきたいのが『インバウンド送客プロモーションサービス』。地域が抱える課題として、外国人観光客が訪れても地域にお金を落とす仕組みが整っていないことがある。そこで、地元食材の栽培から商品開発、プロモーション、観光客の送客まで、地産地消の仕組みを農作物安定供給プラットフォームの中での実行をめざしている。
将来的には「日本の農業を世界でなりたい職業No.1にしたい」と林氏。新規就農のハードルを下げるだけでなく、「かっこいい」「おしゃれ」といったイメージを変えることにも取り組もうとしている。また、「農業は様々な方面に展開できる可能性がある」と伸び代にも期待。多角的な視点で農業界に切り込む革新者のチャレンジは、まだ始まったばかりだ。
※出典:
農林水産省(2017)「平成28年度 食料・農業・農村白書 参考統計表」
取材日:2019年3月13日
(取材・文:北川 学)