世界規模で進む超高齢化時代に、一筋の光をもたらす画期的商品『DFree(ディー・フリー)』
全世界の中で、5億人もの人々が排泄に悩みを抱えていると言われている現代社会。その多くは、自力での排尿・排便が困難な高齢者や障がい者だと考えられる。排泄は、人が生きていく上で欠かせない生活動作だ。しかし、加齢や身体的な障がいによって動作能力に問題が生じた時、失禁対策としての排泄ケアが必要となってくる。そのひとつがオムツの使用であるが、特に高齢者ではプライドが傷つけられ、尊厳が損なわれるように感じることも少なくないだろう。また、失禁を恐れるあまり水分の摂取を控えて体調を崩したり、家に閉じこもりがちになって社会性を失ってしまったりすることもある。
一方、そうした方々の日常をサポートする介護者にとっても問題はかなり深刻だ。2013年8月に実施された内閣府の調査によると「高齢者の介護で苦労する要因」として、「入浴」や「食事」を上回り「排泄」がトップに挙げられている。排泄問題は高齢者や障がい者のQOL(生活の質)の低下を招くばかりでなく、重要な社会的課題のひとつである介護業界における負担の増大や人材不足にもつながっていると言えるのだ。
こうした状況を打開し、問題解決へと導く一筋の光として注目を集めている商品がある。トリプル・ダブリュー・ジャパン株式会社が開発した、世界初、排泄のタイミングを予測するIoTウェアラブルデバイス『DFree(ディー・フリー)』だ。
「超音波で膀胱の変化を捉え尿の溜まり具合を可視化させ、排尿のタイミングをスマートデバイスに知らせるというもの。高齢者・障がい者ご本人のQOLやADL(日常生活動作)の向上はもちろん、介護者の負担軽減も期待できるものです」と、代表取締役の中西敦士氏。排尿がすでに製品化されており、排便については開発中だ。今や世界規模で進んでいる超高齢化時代。『DFree』は日本だけでなく、世界各国から大きな期待が寄せられている。
失敗から気づいた世の中のニーズ。根底にあるのは、世の中の役に立ちたいという想い
『DFree』は、横幅4cm程度の小判型のセンサー部を医療用テープで下腹部に固定。内蔵された超音波センサーが膀胱の状態を分析し、スマートフォンのアプリに状況を知らせるという仕組みだ。人が尿意を感じる前に排尿のタイミングを知ることで、高齢者や障がい者は余裕を持った行動が可能になり、介護者は適切なタイミングでトイレに誘導ができ、失禁防止を的確にサポートできるようになる。まさに、排泄問題の救世主とも言える画期的な商品だが、その開発は、中西氏自身が路上で大便を漏らすという大失敗をしてしまったことがきっかけだったという。
「事業を営んでいた祖父の影響で、子供の頃から起業に憧れていました。そこで、コンサルティングファームで経験を積んだ後、ビジネスのタネを探して海外青年協力隊でフィリピンに行き、次にアメリカへ留学しました。そのアメリカでうんこを漏らしてしまったのですが、本当にショックでダメージが大きかったですね。そして、閃いたのが、“もしも排泄のタイミングが分かっていたら、大惨事を回避することができたのではないか”という発想でした」。
中西氏が着眼したのは、医療現場で使用されている超音波の技術だ。「子宮の中にいる胎児の様子を観察できるなら、体内にある排泄物の状態も分かるはず」と、医療機器メーカーで開発経験のある友人やアメリカで知り合ったエンジニアなど、片っ端から声をかけたという。「もともと、起業するなら単にお金儲けではなく、世の中の役に立ち、世の中の常識を覆し大きく変えていくような事に挑戦したいと考えていた」と話す中西氏。自らの失敗から同じように困っている人に発想を広げ、排泄タイミングを予測するという前代未聞のビジネスのタネを見つけ出した。
大きく広がっていく商品への「共感」と「喜び」の声が、未来に向かう原動力に
しかし、どんなに良いタネを見つけても、それだけでは成功しない。アイデアを形にし世に送り出すためには、製品開発・製造、そのための資金調達、組織づくりなど、さまざまな人の力が必要となる。排泄という切実な悩みや問題を解決する『DFree』は、たちまち多くの人々の共感を生んだ。
「もっとも強くニーズを確信したのが、製品化をめざしていた時期に行ったクラウドファンディングでした。エントリー直後から排泄に悩みを抱えるご本人やそのご家族、介護関係の方々から反響があり、『こんな商品が欲しかった』と嬉しい声をいただきました」と中西氏。この結果は、当初は懐疑的だった投資家を納得させる材料となり、この時に得たビジネスへの自信と人のつながりは、その後の大きな財産になったと話す。
もちろん、事業の立ち上げを支えたメンバーも、『DFree』に共感した仲間たちだ。「中学高校、大学時代の同級生たちで、当時全員が30歳になる頃。ちょうど親世代が祖父祖母の介護を考え出す頃だったので、テーマの意義や将来性を感じてくれたのかも知れませんね」。
そして2015年、トリプル・ダブリュー・ジャパン株式会社を設立し、本格的に活動を開始した中西氏は、さらに共感の輪が広げていく。大阪イノベーションハブ(OIH)との出会いもそのひとつだ。スタートアップによるピッチコンテンスト『GET IN THE RING OSAKA 2016』では見事優勝を果たし、『DFree』の名を広く世界に知らしめた。その後も介護分野を中心に、世界40ヵ国以上から続々と問い合わせが殺到し、要望に応えるべくアメリカ、フランスに拠点を設置。今後は高齢化が進む巨大市場である中国も視野に、さらに活動領域を広げていく予定だ。
このように事業が拡大していくなかでも、中西氏が最も喜びに感じているのが、ユーザーからの声だ。寝たきりの奥様を長年介護し続けている夫、脳梗塞を患い生きる望みを失っていた高齢者、生まれつき麻痺を持ちオムツが取れない子供の保護者、入所者に少しでも自立し誇りある暮らしをして欲しいと地道に排泄の記録を取り続けていた介護スタッフ……「彼らから届くさまざまな“役に立っている”“生活が変わった”という言葉こそが、仕事への意欲につながり未来へと向かう原動力になっています」。
“世界を一歩前に進める”をテーマに掲げ、さらなる可能性を切り拓く
そんな『DFree』は、2019年1月、アメリカ・ラスベガスで開催された世界最大級の電子機器見本市「CES 2019」に出展。その商品価値や社会性が高く評価され、CES「Innovation Awards – Fitness, Sports and Biotech」、Engadget「Best of CES – Digital Health and Fitness」 など4つのアワードを受賞。その注目度と期待はますます高まっている。
ことに、単に長生きするだけでなく日常生活を健やかに暮らす「健康寿命」が問われている日本では、『DFree』の果たす役割はますます大きくなるだろう。もちろん、『DFree』に期待が寄せられているのは、高齢者や障がい者の介護分野だけではない。座り仕事の増加や運動不足を背景に、骨盤底筋の衰えからくる尿漏れが増えるなど、もはや排泄の問題は老若男女みんなが抱える問題といっても過言ではないのだ。おむつになってからの対策ではなく、より長く健康でいられるために早めに対策、予防を行うことの啓発にも、今後は力を入れていきたい。これまで、恥ずかしさや知られたくないといった負の感情が強いが故に、顕在化せず深刻さを深めていた排泄問題。だからこそ、『DFree』が持つ可能性は未知数だと中西氏は考える。
「ビジネスにおいて重要なのは、独りよがりにならないこと。誰のために、何のためにやる事業なのかをしっかりと見据えていけば、自ずと道は切り開かれていくはず」。“世界を一歩前に進める”を企業理念に掲げ、人を助け困難から救う商品を通して事業を展開する中西氏。
切実に望まれながらも今まで誰もが形に成し得なかった排泄タイミングの予測というビジネスが、今まさに、世界を変えようとしている。
取材日:2019年1月25日
(文:山下 満子)