独創的でユーモラスな研究を表彰する米国のイグ・ノーベル賞。2024年9月、哺乳類が肛門から酸素呼吸ができるという「腸呼吸」を発見した東京科学大学(旧:東京医科歯科大学)の武部貴則教授らのグループが、「生理学賞」に選ばれた。この研究を医療現場で活用するための腸呼吸用医療機器を研究開発しているのが株式会社EVAセラピューティクス(以下、EVAセラピューティクス)だ。実用化を早期にめざしたいと語る代表の尾﨑拡氏にお話を伺った。
呼吸不全患者への呼吸補助として有効な腸呼吸
EVAセラピューティクスは東京科学大学発のスタートアップです。武部教授らの研究チームによる「腸呼吸法」の技術を医療現場で実装することを目的に、2021年6月に創業しました。
腸呼吸とは何かを簡単に説明すると…ヒトなどの哺乳類は通常、口や鼻から空気を吸い込み、肺を通じて血液に酸素を送り込む「肺呼吸」をしています。武部教授らのグループは、哺乳類が肺を介さず、大腸から酸素を血液中に取り込むことができることを発見されました。
この研究が医療技術として確立されれば、例えば肺の病気によって呼吸不全に陥った患者さんや、超低出生体重児などの救命に活用できます。肺が未成熟な状態で生まれてきた赤ちゃんに対する呼吸療法には限界があり、何らかの障がいが残ったり、死亡に至るケースが少なくありません。
腸呼吸はそのようなケースに有効であると考え、現在は特に期待の高い新生児用医療機器の開発を最優先課題としてEVAセラピューティクスは取り組んでいます。
早期の社会実装をめざして現在臨床試験中
開発中の腸呼吸医療機器『EVA-101』は、点滴バッグのような袋に詰められた比重の高い液体(PFD)に、浣腸用のノズルが取り付けられたようなものです。この液体に酸素を多く含ませ、患者の肛門から専用チューブで注入して腸内に液体を留置させます。
例えば体重が50kgの成人なら500ccから1000ccの液体を注入します。すると液体内に含まれた酸素によって、1〜2時間の腸呼吸が可能になります。使い終わった液体は体外に排出して、また新しい液体と交換します。成人に対しては、大量の液体を交換する必要があるため、例えば循環させるようにするなど、さらなる開発が必要だと考えています。
新生児の場合、例えば3000gの赤ちゃんに注入する液体は30ccから50cc。それによって4〜6時間ほど腸呼吸が可能になると考えています。今後、臨床試験を重ねながら確認していくのですが、仮に4時間有効だとすると、新生児の場合は1日に6回液体を交換すれば、腸からの呼吸補助ができることになります。
日本における新生児のうち、呼吸補助が必要な状態で生まれくる赤ちゃんは、年間およそ15,000人(※)。多くのケースでは、赤ちゃんが成長して肺機能が発達すれば、腸呼吸による措置は不要になります。EVA-101は、それまでの補助的な役割をするもので、実現すれば助かる命が確実に多くなると考えています。
現在、健常成人男性への臨床試験が進行中で、2025年3月に終了の見込みです。今後は新生児への臨床試験の実現に向けて、国立成育医療センターや東京科学大学など、専門医療機関にご協力いただきながら準備を行っていく予定です。
(※)2023年MDV Analyzerより
https://www.mdv.co.jp/solution/pharmaceutical/analyzer.html
多くの先進国が抱える少子化問題にも寄与
私は、藤沢薬品(現・アステラス製薬)に勤務し、北米での事業開発を25年以上担当しました。退職後は米国と日本のバイオ系ベンチャー数社の社長を務め、2016年からは自営業の医薬品事業開発コンサルタントとして、欧米企業の日本進出に携わってきました。医薬品業界でのキャリアは40年以上になります。
医薬品や医療技術には、毎年大量の研究シーズが生まれますが、その中で社会実装できるのは、ほんの数件です。まず研究段階で有効性や安全性などの観点から厳重に選別され、十分な評価が与えられた上で動物実験を行い、そこでさらに選別されたものだけがヒトへの臨床試験へと進むことができます。
その長いプロセスには多額の開発費が必要です。EVA-101は、赤ちゃんの命を救う技術であり、多くの先進国が抱える少子化の問題にもアプローチできます。今後は企業などからの投資に加えて、国からの助成金を得られないかと考えています。
武部教授はiPS細胞を使った再生医療研究において、世界的にも注目されている若手研究者の一人。起業家精神にもあふれた方で、企業との共同研究も数多く行われています。
私が仲間とともにEVAセラピューティクスを設立した理由は2つ。独創性あふれるこの研究に大きな可能性を見出したこと。そして何よりも、社会的ニーズがあると考えたことです。
2024年、武部教授らの研究チームがイグ・ノーベル賞を受賞され、メディアにも多く取り上げられました。そのことで医療・医薬品業界以外の方々にも腸呼吸の研究が知られることとなり、同時に私たちの事業にもご注目いただいています。この流れに乗って、これからも早期の製品化に向けて開発レベルを上げていきたいと考えています。
OIHをこんなふうに活用しました!
OIHスタートアップアクセラレーションプログラム「OSAP」第16期に採択され、優秀なメンターに伴走支援をいただけたことは、とても有益でした。さらにスタートアップカンファレンス「SusHi Tech Tokyo 2024」にも関西を代表するスタートアップとして出展の機会をいただきました。2025年には、「HeCNOS AWARD」受賞企業として、大阪・関西万博の大阪ヘルスケアパビリオンに出展が決定しています。これらのチャンスを活かし、これからも大学発スタートアップとして、事業を着実に前に進めていきたいと思っています。
OSAP第16期デモデイより
取材日:2024年10月29日
(取材・文 岩村 彩)