カーボンニュートラルの実現に向け、カギを握る存在として期待を集める水素。安定的な調達をめざし、世界各国で技術開発やビジネスモデルの構築が進められている。そこに新風をもたらす可能性を秘めているのが、シロアリだ。なんと、シロアリから水素を取り出すことができるという。これに挑むのは、神戸大学起業部に所属する学生で結成されたチーム「HIM(ヒム)」。ミライノピッチ2023でOIH賞を受賞した同チームで代表を務める髙橋英眞(たかはし ひでまさ)氏に、シロアリの持つ可能性とビジネスの今後について話を聞いた。
シロアリと微生物の活動が生み出す水素を抽出
家屋を食い荒らすことから、シロアリは害虫の代表的存在のように考えられています。しかしその生態は、とても興味深いです。なかでも私たちのビジネスモデルの核となっているのが、シロアリの分解能力です。
エサである木を体内で分解する際に、シロアリの腸内に住む微生物により水素が発生します。この水素を取り出して燃料電池などのエネルギーとして活用していこうというのが、私たちのプランです。
シロアリが消化の際に水素を発生させていることは、昔から知られていましたが、経済合理性の観点から、シロアリを使って水素を生み出そうという機運は高まりませんでした。しかし、生物の力をものづくりに活用する「バイオものづくり」への関心が、この流れを変えました。関連するさまざまな技術が開発されたことや、地球環境問題への意識が高まったことなどを受け、収益性も見込める土壌が整ってきたのです。
もう1つ、私たちがこのビジネスプランを推し進める要因があります。それは、シロアリ養殖に関する独自技術です。シロアリは時期が来ると「羽アリ」になり、養殖装置から脱走してしまうという課題がありますが、私たちはこの課題を克服し、安定してシロアリを養殖する技術を保有しています。これにより、水素生成も安定化できると見通しています。
左から、経営学部3年篠原さん、農学部1年髙橋さん、
農学部2年笠置涼さん
私たちHIMは、神戸大学起業部に所属する学生チームです。代表を務める私は、主にシロアリの研究を担当しています。農学部2年の笠置(かさぎ)涼さんは、高校生の頃から微生物の力を使ってバイオ燃料を生成する研究に取り組んできました。その経験を活かして微生物の研究を担当しています。また、大学で学んでいる工学の知識をもとにして、培養プラントの設計や製造も担当しています。
経営学部3年の篠原大輝さんはビジネスモデルの構築にあたって中心的な役割を担当するとともに、チームと社会との橋渡し役を務めています。今後、チームとビジネスが成長していく過程では、経営戦略や組織戦略といった、経営学部ならではの知見を発揮することも期待しています。
チーム名であるHIMの由来は、水素(Hydrogen)・革新(Innovation)・微生物(Microbes)の頭文字をとったもので、語源としては「微生物の力を用いて水素にイノベーションを起こす」という意味合いがあります。
林業の課題とシロアリの可能性をかけ合わせる
私は中高6年間生物部に所属し、中学3年生からの4年間、シロアリの研究に取り組んでいました。主に魚を養殖する際のエサとして活用する道を模索していたのですが、収益性を見出すには至りませんでした。
大学では心機一転、どんなテーマで研究しようかと考えていたときに出会ったのが、水素です。中学・高校では、絶滅が心配される淡水魚の保護活動にも取り組みました。そのなかで森の重要さを学ぶとともに、間伐されずに荒廃していく人工林の問題を知りました。
これら2つの経験がかけ合わさったのが、シロアリによる水素生成です。水素を生み出すシロアリのエサとして間伐材を使えば、林業の活性化や自然環境の保護にもつながるのです。
脱炭素社会実現に向けて水素が大きな役割を果たすと認識されるようになると、水素の確保をめぐる世界的な課題も生まれてきました。水素は、化石燃料から生成することができます。ところがこの方法では二酸化炭素を排出してしまうため、本末転倒な事態になりかねません。ならば再生可能エネルギーから水素を作ろうという考え方があるのですが、こちらにはコストの問題があります。その結果、海外からの輸入が現実的な方法になってしまいます。
しかし、エネルギーを輸入に依存することは、経済安全保障という観点ではあまり良い状況ではありません。自国で使用するエネルギーは、自国内で調達できるに越したことがないのです。このことも、シロアリによる水素生成を事業化しようと考える大きな理由でした。
海外進出も視野に入れてブラッシュアップを続ける
私たちHIMのメンバー3人は、2023年6月に出会ってチームを結成しました。以来、ビジネスプランの構築に取り組み、さまざまなピッチにイベントに挑戦してきました。ミライノピッチ2023への登壇もその1つです。
2023年は、シロアリによる水素生成を核にして「大きな絵」を描いた年だと言えます。これからの1~2年は、この絵を現実のものとするためにも研究開発の年だと考えています。取り組むのは、今以上に効率的に水素を取り出す技術の確立です。同時にシロアリを養殖する技術も、スケールアップを図ります。
スタートアップ企業のなかには、コア事業を収益化する前段階として関連する別事業を収益化し、成長のエンジンとしている会社があります。私たちも同じように、「手前の事業」が必要だと考えています。それがどのような事業で、どのようなビジネスモデルにするかを考えることは、差し迫った目標の1つだと考えています。
2024年2月には、JETROの支援でフランスとドイツを視察します。環境先進地であるヨーロッパで、私たちのプランがどのような評価を得られるか楽しみです。また、現地の環境ビジネスやバイオものづくりを学び、私たちのプランをブラッシュアップさせていきたいです。日本国内だけでなく、世界で環境保全に貢献できるビジネスモデルへ育てることが、これからの目標です。
OIHをこんなふうに活用しました!
2023年6月に結成したまだ新しいチームですが、ミライノピッチ2023への参加をきっかけにして、VCの方とつながりを持つことができました。その結果、事業モデルのブラッシュアップや数字への考えを深めることができるようになりました。起業家同士のコネクションもOIHを通じて広がり、さまざまなアドバイスをもらったり励まし合ったりすることができています。私たちは今、広い視野で私たちの技術を見てくれる技術顧問を求めています。OIHから広がる人脈のなかで、そういった人と出会えることを期待しています。
ミライノピッチ2023では、学生の部にてOIH賞を受賞した
取材日:2024年1月25日
(取材・文 松本守永)