保護者と保育所の負担を軽減する、日本初のサブスク型おむつサービス『手ぶら登園』
2015年、時の安倍内閣が打ち出した『一億総活躍社会』の骨子のひとつであった女性の社会進出。その実現に向けた取り組みにおいて、重要な鍵となったのが保育所問題だ。子育て中の女性がなかなか保育所の審査に受からず、働きたくても働けない現実を嘆き、匿名ブログに綴った悲痛な叫びは、瞬く間に世の中を席巻した。
あれから6年。各地方自治体の努力もあり認可保育所の数が増加し、受け皿が拡大することで待機児童数も徐々に減少した。2021年4月1日時点では、全国の待機児童数は5,634人※(前年比▲6,805人)まで減り、3年連続で最少となっている。数字だけを見れば日本の子育て環境は大きく前進し、政府が掲げる『女性が輝く社会』の実現に近づいているようにみえるが―――――
「実は、実際の保育の現場では、頭を悩ませる深刻な問題が起きている」
そう語るのは、BABY JOB株式会社の代表取締役であり、全国で約50の保育所を展開する、ぬくもりのおうち保育株式会社の代表でもある上野公嗣氏だ。
「0~2歳児を保育施設に預ける際には、紙おむつが不可欠です。そして多くの場合、保護者がその準備をしなければなりません。園での管理がしやすいようにおむつ一枚一枚に子どもの名前を書いて持参し、帰る時には使用済みのおむつを持ち帰っているのです」
乳幼児だと、ただでさえ用意する荷物は多い。働いている保護者ならばそこに仕事関連の荷物が加わり、スーパーで買い物をすればさらに増える。使用済みのおむつをカバンに入れて持ち歩くのは煩わしい上、衛生的ではないし、保管・管理しなければならない保育所スタッフの負担も大きい。子育てを支援し、女性の社会進出をサポートする場所であるはずの保育所が、非常にストレスの多い場所になっているのが現状だ。
この問題を解決すべく誕生したサービスが、ユニ・チャーム株式会社との連携のもと、BABY JOB株式会社が開発した『手ぶら登園』だ。保護者が月額定額料金を払うことで、おむつ・おしりふきが直接保育施設に届く、日本初のサブスク型おむつサービスである。おむつはサイズ、枚数関係なく使い放題で、保護者がおむつを用意する負担がなくなり、名前書きの作業からも解放される。また、保育施設にとっても個別管理の手間が省け、保護者・保育士双方の課題を解決することが可能だ。
2020年にはこのサービスが『日本サブスクリプションビジネス大賞2020』グランプリを受賞し、一気にユーザー数が拡大。より良い社会システムの構築に貢献するとして、各方面から大きな期待が寄せられている。
女性が社会で働くために解決すべき膨大な課題、その解決に向けた挑戦がビジネスを生む
高校時代は進学校の国立理系進学コースで学んでいたという上野氏。しかし“将来のイメージが見えない”と卒業後は大学に進学せず、ワーキングホリデーで1年間オーストラリアに滞在した。いろいろな人と出会っていくなかで“人と関わる仕事をしたい”と漠然と起業のイメージが浮かび上がってきたという。
「1年間好きなことをして親に迷惑を掛けたので、大学は夜間コースを選び昼間働きながら経営学を学びました」と語る上野氏。プログラマーだった父親から教わったプログラミング知識を活かし、パソコン教室の講師の職に就いた。大学3年生の時、自身で教室を開設し、個別指導のサービスを始めた。
「そのまま起業することも考えたのですが、知り合いの経営者の方から“せっかく新卒なんだから、一度大きな企業に入って、上流工程を見ると良い”というアドバイスを受け、IT企業やコンサルタント会社、大手メーカーを対象に就職活動をしたんです」
上野氏が選んだのは、後のビジネスパートナーとなる、生理用品・紙おむつなどの衛生用品の大手メーカー、ユニ・チャーム株式会社だった。2003年に営業職として入社し、2009年からはグローバルマーケティング部で1年間海外のヘッドクォーターを務めた。その後、子ども向け専門店の店頭でおむつのデモンストレーションを行いながら商品を売る『推奨販売』を手掛けていた時に、人材会社から派遣されてきた女性販売員のなかでも、主婦がひときわ優れた業績を打ち出していることに気がついた。
「専門店には新米のママやこれから出産を迎えるプレママが多く来店されます。そこに、経験豊富な主婦(お母さん)がいろいろアドバイスしながら商品を紹介するので、ものすごく説得力があるわけです。その時“お母さんばかりを集めた人材派遣会社をつくろう!”と思い立ちました」
2012年、学生時代から志していた起業を実現し、上野氏は株式会社S・S・M(Super Strong Mother)を設立する。創業当初、“お母さんがお母さんであることの力を使って社会に貢献する”という、人材活用事業を構想していた。しかし、市場調査を進めていくと、保育所不足による待機児童問題の影響で、そもそも子どもを預けることができず、仕事をすることができない、という事実が浮き彫りになった。
“保育所さえあれば、お母さんは働くことができる”と考えた上野氏は、保育所開設に乗り出していく。そして、実際に運営に携わるなかで、働くお母さんを助けるための施設である保育所こそが、保護者に対し、あまりにも多くの要求を課しているという現実に突き当たった。
「そのひとつがおむつの準備と持ち帰りです。そのほかにも事細かく条件が決められた離乳食や毎日の洗濯物、寝具など、さまざまなアイテムに対して要求があり、働くお母さんは負担が減るどころか、膨大なタスクを抱えヘトヘトになっていたのです」
「保育所が変わらなければ、誰もが元気よく働ける社会にはなれない」そこに一つの光を投げかけたのが、保育市場に新たな販路を築きたいという、ユニ・チャーム株式会社からの相談だった。まさに、二者の課題が絶好のタイミングで合致した瞬間だった。上野氏は自社で構築した保護者の決済と保育所での在庫管理システムと、ユニ・チャーム社の商品力、全国へ製品を配送する機動力とを連携させ、『手ぶら登園』の原型をつくりあげた。そして2018年、ぬくもりのおうち保育株式会社 とBABY JOB株式会社を設立し、2本柱による事業展開で新たなスタートを踏み出した。
企業理念「すべての人が子育てを楽しいと思える社会」を実現するために
2019年、日本初の保育所向けおむつのサブスクリプションサービス『手ぶら登園』をプロトタイプとしてローンチ。これまでにない全く新しいサービスであったため認知度は低く、当初は保育所にアプローチをかけても耳を傾けてもらえず、アポ率は1%以下。100件電話して1件アポが取れるか取れないかといった状況に、スタッフは苦戦を強いられていたという。
その状況を打開したのが、2020年の『日本サブスクリプションビジネス大賞2020』グランプリ受賞だ。メディアにも注目され認知度は急上昇し、比例するかのようにユーザー数が拡大。サービス開始時、200~300人だったユーザー数は、2020年4月に6,000人になり、2022年現在、全国2,000施設以上・3万人以上の園児がサービスを利用している。「とはいえ、全国の保育施設は約4万件。採用率はわずか5%に過ぎません。まだまだ浸透させていきたいし、そのためには課題も多いです」と上野氏はさらに先を見据える。
「私たちの理念は“すべての人が子育てを楽しいと思える社会”の実現です。そもそも、子育ては楽しいものであったはず。なのに女性の社会進出という急激な社会の変化に対し、人々は寄り添わず、古い常識や意識にとらわれたままで、新しい時代に合った社会の仕組みづくりを阻んでいるように思います。その阻害要因を一つひとつ取り除き、すべての人が子育てを楽しめる社会にしていくのが当社の目標です。『手ぶら登園』はその実現に向けたひとつの事業であり、今後さらに、新たなサービスを創出していくつもりです」
これまでもこれからも、自身を支えるのは社会をより良く変えたいという熱い想い
2021年、上野氏は新たに5億円の資金調達を行っている。そこには、いち早く事業基盤・経営基盤を強化させ、サービスの成長を加速させたいという想いがあると語る。
「私たちが資金調達で手に入れたいものは、スピードです。これからの日本は深刻な高齢化を背景に、政府の指針は圧倒的に高齢化対策へと傾いていくでしょう。子育て問題が注目されている今のうちに、できるだけ素早く、私たちのサービスで世の中の不都合を取り除いていきたい。全国の保育所の5%の『手ぶら登園』採用率を、3年~5年後には70%以上にしていきたいですね」
もちろん、視野に入れているのはそれだけではない。新事業創出への準備を着々と進めており、先日も新たなサービスをローンチしたばかりだ。上野氏が“食べログの保育所版みたいな情報サイト”と説明するサービス『えんさがそっ♪』は、全国の保育所をマップ上にプロットし、保護者が知りたい保育所の豊富な情報を発信していく。そのサイトを見ればさまざまな情報が手に入り、比較検討しながらそれぞれの条件に合った保育所を探し出せるという。
待機児童が発生しており保育所が不足している現状では保育所は周辺地域の子どもが集まってくるため、児童を募集する必要がほとんどない。そのため、いまだホームページすらない保育所も多く、インターネット上に公開されている情報は極めて少ない。しかし、少子化が進めば、保育所に定員割れが発生する可能性もある。このサイトが発展すれば、保育所にとっても絶好のアピールの場となり、地方自治体にとってもより良い社会インフラを形成するヒントにもつながる。まさに“全方良し”のプラットフォームといえるだろう。
おむつのサブスクにしろ、保育所探しの情報サイトにしても、共通しているのは“社会をより良く変えていきたい”という上野氏の熱い想いだ。
「公的機関のサービスは、どうしてもマジョリティに寄ったものになる。だからこそ、マイノリティをきめ細かくサポートし、取りこぼしのない福祉をつくるのが私たちの存在意義だと思っています。そして、私たちがなぜこのようなサービスをつくっているのかを通して、社会が抱えている課題に気づき、少しでも意識改革につながっていけば嬉しいですね」と上野氏は語った。
―すべての人が子育てを楽しいと思える社会へ―――――――――
その視点は国内だけでなく海外にも向けられ、上野氏の挑戦はさらに広がっていく。
※厚生労働省調査より
取材日:2022年5月23日
(取材・文 山下 満子)