新型コロナウイルス感染症に対する新薬&ワクチン開発を効率化する革新的な製品
2021年、人類が抱える喫緊の課題である新型コロナウイルス感染症の拡大。ここ2年は、その収束に向けて、世界各国がさまざまなアプローチでワクチンや治療薬の開発に取り組み、ある国では蔓延を抑えることに成功、あるいは患者の重症化を防ぐなど、一定の成果を見せている。だがウイルスの変化は人類の予想を超えており、予断を許さない状況が現在も続く・・・。
そんな中で、感染症研究や医薬・機能素材の効能・安全性評価を飛躍的に効率化させるヒト白血球細胞「Mylc」を開発し、注目を浴びている企業が、宮崎氏が代表取締役CEOを務めるマイキャン・テクノロジーズ株式会社だ。同社の「Mylc」は、iPS細胞をはじめとした再生医療の技術をコアに独自のノウハウを駆使して開発されたもので、現在、デング熱を発症させるデングウイルスや今も世界中で蔓延している新型コロナウイルス感染症のワクチン研究への活用が始まっている。
「当社の『Mylcシリーズ』は、これまでにあった研究用試薬に比べて感度が非常に高く、特に感染症研究や免疫研究に適しています。また、当社独自のノウハウで、大量かつ安定的、さらに低コストで製造、供給できるのも大きな特長であり、強みです。これにより、研究・開発の効率化やスピードアップ、コストダウンも図ることができるため、新型コロナウイルス変異株の出現により、高精度なワクチン、治療薬の開発が求められる中で、非常に有益な研究用試薬だと言えるかもしれません」という宮崎氏の言葉からも分かるように、まさに今こそ活用が期待される製品を同社は手がけている。
2019年のパイロット版製品の提供開始以降、まだまだ普及の途上というところではあるが、2020年には大阪大学との新型コロナウイルス感染症の共同研究や2021年9月にはウイルス感染症重症化予測キットの開発において1.89億円の資金調達に成功するなど、注目度は上昇中。さらに2021年10月には、NEDO(国立開発研究法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構)の研究開発型スタートアップ事業に採択されるなど、今後の活躍と発展が期待されている。
薬品開発の研究者としての知見&ビジネススクールでの学びが起業につながる
マイキャン・テクノロジーズを創業する前は、製薬メーカーの研究員として、様々な薬品に使われる素材の開発を担っていたという宮崎氏。そもそも当初は起業するという考えは一切なかったという。しかし研究一筋の中で、自ら手がけたテーマの研究が、経営的視点や組織を動かすマネジメントの知識不足から頓挫するという経験をする。
「自分の考える研究テーマを事業化まで持っていくには、経営や資金の知識、人を動かすマネジメントスキルが必要だと感じ、スキルアップの気持ちでビジネススクールに通い始めました。そこで、年齢も多彩で色々な会社やさまざまなポジションで活躍する人と触れ合う内に刺激を受けました」
そうして研究員としてさまざまな研究課題に取り組み、オフタイムではビジネススクールで経営やファイナンス、マーケティングなどを学ぶ中で、両方の経験と知識がある一つのアイデアにつながっていく・・・。
「スクールでビジネスを考える思考が身についていたこともあり、スクールを卒業した後も何か面白いネタはないか?と探すようになっていたんです。それで仕事でインドに赴任した時にも、観光で毎年20万人近く訪れる邦人をターゲットにして、マンゴー農園を作ってみてはと考えました。でもこの案は、経験値もなく、資金もないことも踏まえ、経営戦略的に考えて無理があると判断しました(笑)」
そこから「もっと自分にとって身近なテーマのビジネスは何か?」と突き詰めていく内に宮崎氏の頭に浮かんだのは、インドで同僚がマラリアやデング熱に苦しんでいた姿。当時はもちろん、現在もあまり変わりはないが、抗マラリア薬は2種類あり、どちらも開発されたのは1950年代で、現地では副作用やマラリアウイルスが薬剤耐性を持ってしまうなど、問題があるまま使用されていたのである。そこから自分の得意分野である創薬分野に関連してマラリア薬に関する何かをやってみようという風にどんどんとアイデアは発展。各所へのヒアリングを経て、最終的に「マラリアの創薬研究に使われる試薬をつくろう」という風に具体化していったという。
「アイデアも決まり、めざす方向性も定まりましたが、私はすぐに独立、起業というアクションは起こしませんでした。それは当然のことながら、資金の問題があったからです。なので、実際に会社を立ち上げるまではかなり時間がかかってしまいました」と宮崎氏は当時を回想する。
困難が待ち構える中、自らの思いと志を貫き通し、バイオベンチャーを創業
ビジネスアイデアはあるが、資金はないという現実と向き合った宮崎氏が最初に取った行動は、当時勤めていた会社での事業化へのチャレンジだった。経営層に積極的に働きかけ、1年近くかけてあきらめることなく提案し続けたが、結果として出たのは「試薬は当社の本業から外れるのでできない。資金や人的資源も投入できない」という答えだった。
しかし、事業化への思いは、そこで潰えなかった。「実際は厳しいだろうなと最初から思っていたので、次の手を模索していました。その中でちょうど2014年当時、起業家向けの資金調達プログラムが数多くあり、その一つである経済産業省のプログラムに応募してようやく認められ、資金を得ることができました」。
資金調達に成功し、外部からの評価を勝ち取ったことを会社に伝え、会社の実験室は使わず、研究は就業時間外のみというシビアな制約の中、ある意味、副業的に事業をスタートさせた宮崎氏。いくつかの厳しい条件の中でも決してあきらめることなく、マラリア治療薬の開発に使われる細胞培養というテーマを事業化し、成功させるために活動を開始する。開発のためのレンタルラボ探しに始まり、京都大学や長崎大学の研究室との共同研究の交渉など、時間と資金の続く限り、奔走した。
こうした中、2016年、完全に事業に専念するという選択を迫られる出来事が起きる。一つは、勤めていた会社が吸収合併され、研究所がなくなることが決まったこと。もう一つは、最初の資金支援期間が終わり、それまで研究契約を結んでいた大学などの機関から、個人とは契約が難しいと言われたことだった。
「勤務していた会社の研究部門がなくなり資金支援期間が終了するということは、大きなきっかけではありましたし、副業で事業を継続していくのは、正直無理があるとも感じていました。そうして、覚悟を決めてビジネスプランコンテストへのチャレンジを決めました」2016年に本格的な起業に向けて法人化した宮崎氏は、決意も新たに「GLOBIS Venture Challenge」に応募。見事に大賞を受賞し、名実ともに未来のバイオ分野、創薬分野を牽引するバイオベンチャーとしてスタートを切った。
多様なウイルスに対応した新製品開発、グローバルな事業展開で成長を加速
「副業中にベンチャーキャピタルに資金調達の交渉に行った時に話をする中で痛感したのは、やはり副業ではエンジェル投資家などには覚悟が伝わらないということです。いくら熱い思いがあっても、覚悟が見えなければ、人としても企業としても信頼されないのだなということを知りましたね」と語ってくれた宮崎氏。
起業後も変わらず、資金調達に奔走しながらも、開発や会社づくりに専念し、2019年にはウイルス研究用Mylc細胞の出荷を開始。新型コロナウイルス感染症が蔓延し、国内でのロックダウンが始まった2020年4月には、大阪大学とMylc細胞を使用したコロナウイルス共同研究を開始し、その半年後の10月には新型コロナウイルス研究用細胞「cMylc」の提供にこぎ着けた。
これからの同社の動きについて、「実際のところ、2019年のMylc細胞販売当初はなかなか思い通りの収益を得ることができませんでした。その直後に新型コロナウイルス感染症が世界的に蔓延して社会全体が混乱し、当社も厳しい状況が続きましたね。でも、最近はウイルス分野の研究者や学会からもMylc細胞に対する良い評価を得られていて、今後の発展が期待できます。また、NEDOの研究開発型スタートアップ支援事業に採択されたり、資金調達に成功してウイルス感染症重症化予測キットの開発に注力できる体制が整ったりと、今が大きなターニングポイントになりそうなタイミングだと感じています」と宮崎氏は、語ってくれた。この他にも同社では、様々なウイルスに対応したユニバーサルなMylc細胞の開発も進めており、近い将来発売が開始されるという動きもある。同時にアジア圏をはじめとした世界を見据えた事業戦略も検討段階に入っているという。
まさに同社の理念にもある「世界のあらゆる人々の健康に貢献する」という言葉を実現するために、また新しいことにチャレンジしていく宮崎氏。今注目のテーマであり、全世界共通の社会課題である感染症に関わる独自製品という強力な武器を持った同社の今後は実に多くの可能性に満ちている。
取材日:2021年11月22日
(取材・文 北川 学)