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スタートアップで働く人

杉浦 太紀 氏

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「企業は人が作る。」スタートアップが成長する過程において起業家は多くの仲間と出会い、共に長い道のりを歩みます。スタートアップで働く人は、どのような経緯で企業にジョインしたのでしょうか。

一人一人に焦点を当てるとそこには様々なご縁で繋がった、イキイキと輝きながら働く姿がありました。

医療資格があるからこそ、チャレンジする価値がある

杉浦 太紀 氏 / 取締役COO

株式会社Magic Shields(2019年設立)
在籍年数:3年
https://www.magicshields.co.jp/
・床・介護福祉用品・安全用品の製造、販売

転んだときだけ柔らかくなる「魔法の床」で高齢者の骨折を防ぐ

高齢化の進む日本において深刻な課題となっているのが、高齢者の転倒だ。消費者庁のデータによると、2020年に転倒・転落・墜落が原因で死亡した高齢者(65歳以上)は8,851人に上り、交通事故の約4倍にあたる(※1)。 転倒による骨折は寝たきりの原因となることも多く、医療費および介護費を増大させる要因でもある。

加齢による筋力の低下や骨粗しょう症などにより、高齢者は軽い転倒でも骨折するリスクが高い。その部位は圧倒的に下半身が多く、特に深刻なのが大腿骨の骨折で、その後の健康状態に悪影響を及ぼしている。

「日本では1年で約100万人もの高齢者が転倒骨折しています。高齢者の骨はもろく、大腿骨を骨折すると治癒にも時間がかかるうえ、痛みも強い。ベッドに横たわる時間が増えることで、結果的に筋力が衰えてしまいます。刺激が少なくなり、認知症が進行したり、嚥下(飲み込み)の能力も低下し、栄養状態が悪くなるなど、さまざまな問題を引き起こすのです」

そう語るのは、静岡県浜松市を拠点とするスタートアップ、株式会社Magic Shields(以下、Magic Shields)の杉浦太紀氏だ。社名を日本語にすれば「魔法の盾」という意味になるが、同社は現在「魔法の床」で業界の注目を集めている。『ころやわ』と名付けられたその製品は、歩行時はしっかりと硬く安定しているが、転倒時だけ柔らかくなり衝撃を吸収する床材で、転倒骨折を防ぐ救世主として期待されている。

Magic Shieldsは『ころやわ』によって、これまで経産省「J-Startup」、総務省の「異能vation」などに表彰されてきた。創業メンバーで取締役の杉浦氏は、もともと理学療法士として総合病院に勤務し、患者のリハビリをサポートしてきた。『ころやわ』の開発には、その現場感覚が大いに活かされている。

「高齢者の転倒は本当に油断できません。転ぶといけないから、1人で動かないようにと言っても、認知症の方などはどうしても動いてしまう。転倒をゼロにすることはできないので、何か別の方法で骨折を防ぐ必要性を感じていました」

※1 令和3年10月6日消費者庁「毎日が#転倒予防の日~できることから転倒予防の取り組みを行いましょう~

理想と現実は違う。理学療法士として医療現場の課題を痛感

杉浦氏の医療人としての原点は10代にさかのぼる。子どもの頃から運動が好きで、中学、高校時代はソフトテニス部の活動に打ち込んだ。部活で足腰を痛めては接骨院へ通ううち、いつしか治療を生業とすることを考え始める。進路選択については、「看護師である母親から得た業界知識が影響した」と話す杉浦氏。

「母はもともと病院に勤めていて、後に介護の現場でも働いていました。そのため、医療と介護の両方で理学療法士という専門家が働いていることを知りました。柔道整復師やあん摩マッサージ指圧師、スポーツトレーナーなど治療に関わる仕事はいくつかありますが、その中で理学療法士を選んだ理由は活躍できるフィールドの選択肢が広いと思ったからです」

大学は理学療法士の資格を取得できる学部へ進み、2010年に愛知県の総合病院で医療人としてのキャリアをスタートした。病床数が700を超える大型の病院で、急性期から慢性期まで幅広い分野のリハビリテーション経験を重ねていくうちに、『杉浦氏が理想とする治療と病院経営』という現実の壁にぶつかった。

「診療報酬という制度の中で、患者さんにとって本当に必要な治療と、経営上必要な業務にはやはり乖離があります。病院を存続させるためには仕方のないことですが、釈然としない気持ちを抱えていたのも事実です」

特に杉浦氏を悩ませたのが、現在の事業にも通じる転倒骨折との向き合い方だ。現在の制度上、同じ患者が長く入院していると病院の収益は上がりにくい。当然、病院としては可能な限り早く退院してもらう判断をするが、それが裏目に出てしまう出来事があった。

「私が担当していた患者さんで、退院後すぐに自宅で転倒骨折してしまい、再入院された方がいました。“もう少し様子を見て、安全な状態で退院していれば転ばなかったかもしれない”と、とても悔やんだことを今も覚えています」

さらに、医師や看護師をはじめ、複数の専門職種がチームで仕事をする総合病院ならではの問題にも直面した。

「理学療法士としては、回復を早めるためにも患者さんにはできるだけ自分で動いてほしいと考えますが、患者さんを24時間体制で受け持つ看護師としては、転倒のリスクを減らすために、あまり動いてほしくないと考えます。転倒が起これば事故報告書を作成する必要がありますし、場合によっては責任を問われるためです。このような職種間の考え方の違いに苦悩していました」

10代で抱いた医療人の夢を実現させた一方で、現場が抱える問題を目の当たりにした杉浦氏。そこで抱いた葛藤はいつしか病院経営に対する関心へと変わり、知識を深めるためにさまざまなビジネス書を読むようになったという。そこで出会った一冊の本が、杉浦氏をMagic Shieldsへと導く大きな役割を果たすことになる。

医療人とエンジニア。異業種の出会いが革新的なプロダクトを生む

杉浦氏が出会ったのは、MBA(経営学修士)を取得できるビジネススクールが出版する本で、当時知りたかったことが非常にわかりやすく整理されていた。その一冊をきっかけに杉浦氏も体験授業を受けることにしたが、当時はまだMBAの取得や起業を考えていたわけではなかった。

「この時は、経営を学びたいというよりも、いろいろと勉強してみたいという気持ちでした。しかし、少し学ぶとどんどん興味が湧いてきて、最終的には本格的にMBAをめざすコースに入学することになりました」

病院での勤務と並行して通うこととなったビジネススクールで、杉浦氏はその後のキャリアを決定的に変える出会いをする。Magic Shieldsの代表取締役 CEO、下村明司氏との出会いだ。1年次のグループワークで意気投合した2人は、2年次の『研究プロジェクト』 という授業でチームを組むことになった。この授業は本格的に起業をめざす学生がチームを組んで事業開発を行うもので、もう1人の取締役である宝田優子氏もこのチームに名を連ねていた。

「私たちのチームは、『健康長寿を達成するようなプロダクトを作る』というテーマで取り組むことになりました。議論を進める中で、私が以前から解決したかった高齢者の転倒骨折の課題に、下村の知見がうまくマッチすることがわかりました。下村は当時、バイクのメーカーに勤めており、車体の衝撃吸収などの技術に精通していたため、お互いの強みを生かしたプロダクト開発を進めることになったんです」

代表取締役 CEOの下村氏と

こうして『ころやわ』のコンセプトが生まれ、授業の最後に行うビジネスプレゼンでも好感触を得たチームは、2019年3月にスクールを修了した後も開発の継続を決定。メンバーそれぞれが本業と並行し、プロダクト開発を進めながらビジネスコンテストにも積極的に応募した。同年11月には株式会社Magic Shieldsを設立。杉浦氏は翌年の2020年3月まで病院勤務を続け、4月より正式に入社して取締役となった。

総合病院から創業直後のスタートアップへの転職に対して不安はなかったのだろうか。

「不安よりは事業を成長させたいという思いと、未体験の新しいことに取り組むことへの楽しみが勝っていました。理学療法士という国家資格があるので、万一失敗しても再就職は可能です。その意味では、医療の専門職だからこそリスクを取ってチャレンジしやすかったと思います」

病院を退職後、杉浦氏は近くの整形外科クリニックでアルバイトを始めた。そこには、「収入を得る以外にも2つの狙いがありました」と言う。

「1つは“理学療法士として現場の感覚を失いたくない”という思いがありました。もう1つは『ころやわ』の開発にあたり、実証実験を行うための人脈が欲しかったんです。実際に、最初の試作品のテストでは、アルバイト先の患者さんに協力してもらうことができました」

論理的な思考が求められる医療職はビジネスに向いている

エンジニアリングの下村氏、医療分野の杉浦氏、事業推進力の宝田氏。それぞれの強みがバランスよく融合したMagic Shieldsのプロダクト開発は順調に進み、現在『ころやわ』は400を超える医療施設や福祉施設に導入されている。現在はベッドの周囲に敷かれるケースが大半だが、より安心な環境を作るために病院の検査室やトイレへの導入を開始したり、廊下や階段などにも導入することをめざしている。また、既存の施設に敷くとどうしても段差ができてしまうため、素材の厚みの改良や、新築・増改築の段階で据え付けてもらうような販売方法なども模索している。

もちろん、転倒骨折は日本だけの課題ではないため、海外にも販路を広げる予定だ。海外からの問い合わせや、2023年2月に大阪イノベーションハブで開催されたグルーバルピッチイベント「GET IN THE RING 2023- Health Tech -」では、CEOの下村氏がヘビー級の優勝者となるなど、海外市場への手応えも感じている。

「会社としては、病気やけが、事故から人々を守る『魔法の盾』を世界に提供していくのがミッションです。いずれは転倒骨折以外の課題解決にもチャレンジしたいですね。また『ころやわ』にもセンサを組み込んで、データによる新たな課題解決の可能性を探っているところです」

先進国の中でも特に高齢化が進んでいる日本では、2040年代に65歳以上人口が3,900万人に達する と試算されている(※2)。増大する医療費、社会保障費への懸念が高まる一方で、医療・ヘルスケア関連の市場拡大への期待も高まっている。その流れを受けて、近年では医師などが起業する医療系スタートアップも増加中だ。医療の専門家がスタートアップに挑戦することに対し、杉浦氏は肯定的な見方を示す。

「今は医療職も多様な働き方があり、個人でできることも増えています。業界の制度の中だけで働く必要はなく、資格があれば再就職も可能だからこそ、幅広くチャレンジしてほしいと思います」

「実は医療の専門知識や経験は、ビジネスに向いていると感じています。理学療法士でいうと、リハビリには“この患者さんの課題は何か”と課題設定し、その要因を分析して、解決プランを作成するというプロセスがあります。これは新規事業で課題を発見し、分析して解決するという論理的思考に通じるものがあり、ビジネスの分野でも十分に活かすことができます」

10代で抱いた医療職への夢を実現し、ビジネススクールでの出会いによって大きな挑戦をすることとなった杉浦氏。その活躍は、「魔法の盾」として社会をさまざまなリスクから守るとともに、医療業界で働く人々に新たな可能性を示すことにもつながる。『ころやわ』の普及や、海外への販路拡大など、Magic Shieldsからしばらく目が離せなくなりそうだ。

※2 内閣府「令和2年 高齢社会白書

スタートアップへのイメージ

<Before>

  • ・オフィスがおしゃれ
  • ・みんなで楽しく和気あいあいと仕事をしている

<After>

  • ・オフィスにあまりお金はかけられない
  • ・カッターや接着剤を使った地道なプロダクト開発
  • ・泥臭く、愚直な営業活動

自社のイイトコロ

ハードウェア開発の会社なのにリモート勤務の社員が多く、それでもうまく事業が回っている所です。そのため、市場の大きい東京、製造業が集まっている浜松、という具合にそれぞれの地の利を生かしながら事業運営できるのが強みです。

スタートアップで働こうと考えている人へ

スタートアップの長所は、部署の垣根を超えて幅広いことにチャレンジできる点です。自分の専門性も生かしつつ、部署の壁を気にせず事業全体に意見が言える環境なので、新しいことに柔軟に取り組める人にとっては、とても魅力的だと思います。

スタートアップで働こうと考えてる人
スタートアップで働こうと考えてる人

2023年2月14日取材

(文:福井英明)

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