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スタートアップで働く人

フランシスカ・バスキ 氏

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「企業は人が作る。」スタートアップが成長する過程において起業家は多くの仲間と出会い、共に長い道のりを歩みます。スタートアップで働く人は、どのような経緯で企業にジョインしたのでしょうか。

一人一人に焦点を当てるとそこには様々なご縁で繋がった、イキイキと輝きながら働く姿がありました。

憧れの日本で働く喜びを胸に、
エンジニアとしての高みをめざす

フランシスカ・バスキ 氏 / ソフトウェアエンジニア

PLEN Robotics株式会社(2017年設立)
在籍年数:4年 
国籍:インドネシア
https://plenrobotics.com/
・サービスロボット・ロボット用部品の研究開発、製造、輸出入・販売

人に寄りそう手のひらサイズのロボットで社会課題の解決をめざす

近年、身近な存在として活躍の場を広げているロボット。かつては大型の製造工場で組み立てなどを行う産業用ロボットが主流だったが、画像や音声の認識技術が飛躍的に進歩した今、接客や受付など、日常生活を支える存在となりつつある。このロボティクス分野で異彩を放っている企業が株式会社PLEN Robotics(以下、PLEN Robotics)だ。同社は、2020年にJ-Startup KANSAIにも選ばれた、今後の成長を期待されているスタートアップで、AIロボットを活用したDX(デジタルトランスフォーメーション)による、さまざまな社会課題の解決をめざしている。

同社が開発したAIロボット『PLEN Cube』は、手のひらサイズながら360度回転するヘッドのカメラで人の顔を認識し、音声認識によって会話も可能。接客や入退室管理などの人的コストに悩む企業からの引き合いが多い。新型コロナウイルス感染症が拡大してからは、非接触での検温や自動問診に対応したモデルを発表するなど、時代のニーズに合わせたプロダクト開発にも余念がない。

そんなPLEN Roboticsの設立は2017年6月。その約4か月後に入社し、現在もソフトウェアエンジニアとして同社の発展を支えているのが、インドネシア出身のフランシスカ・バスキ氏。JavaScript、C++、Pythonなど複数のプログラミング言語を操り、代表取締役の赤澤夏郎氏をして「彼女がいなければ今の会社はない」と言わしめる逸材である。

「新しいものに挑戦するのが好き」と目を輝かせるフランシスカ氏は、受託開発で多種多様なオーダーに応え、DXの波に乗って事業拡大をめざすPLEN Roboticsにとって欠かせない戦力だ。そのモチベーションの原点は、子どもの頃に抱いた“日本への憧れ”にある。

憧れと好奇心を胸に、インドネシアから日本へ

故郷インドネシアでは、自動車や家電、文房具にいたるまで、多くの日本製品が使われている。フランシスカ氏もまた、それらの製品に囲まれて育った一人で、子どもながらに日本への憧れを抱いていたと言う。

「私は特に日本の文房具が好きでした。やっぱり品質がいいんです。また、日本のアニメや漫画も好きだったので、いつか日本に行きたいという思いが少しずつ高まっていきました。友達の中にも、日本に憧れる人は何人かいました」

高校生の頃、プログラミングの専門学校にも通っており、卒業後に日本への留学をしたいと考えるようになる。しかし、いきなり日本へ行くことに不安を覚え、まずは英語圏のオーストラリアへ留学。最初の1年はマルチメディア制作などを学んだが、「これなら独学でできる」と専攻を工学に切り替え、工学・メカトロニクスを4年間学んだ。

帰国後、研究生として大阪大学へ留学。学んだのは、ロボット工学や人工知能で有名な石黒研究室だ。ここでロボットを動かすためのソフトウェア開発を中心に研究を重ね、博士課程を修了。この間に、PLEN Roboticsへと導く出会いがあった。

「同じ研究室の友達が、PLEN Roboticsの前身の会社でアルバイトをしていて、卒業する時に“ここで働かない?”と誘われていました。その会社が作ったロボットがスケートボードで走る動画なども見ていたので興味はあったのですが、その時は一旦帰国することを選びました」

卒業後はしばらくインドネシアで家の手伝いをしていたが、日本で働く夢は捨てきれず、2017年には本格的に日本で仕事を見つけるために再び来日。大学時代に誘ってくれた友達にもう一度連絡を取り、晴れてPLEN Roboticsのソフトウェアエンジニアとしてキャリアをスタートさせた。

正解は自分で探すしかない。だからこの仕事は面白い

日本で働く夢を叶え、ソフトウェアエンジニアとして歩み始めたが、設立から数か月しか経っていない当時のPLEN Roboticsは、すべてが手さぐりの状態だったと言う。

「まだ『PLEN Cube』がプロトタイプの段階で、部品の調達などもスムーズにいかず、何をどう進めていいかわからない状態でした。ロボットを動かすソフトウェアも基礎的な部分はできていたものの、ほぼゼロからの構築が必要な段階で、疑問があっても聞ける人がいない…。そんな中で『PLEN Cube』の量産をめざしていたんです」

しかしこの環境が、もともと好奇心旺盛なフランシスカ氏のモチベーションに火をつけた。疑問や新しい課題にぶつかったときはインターネットを駆使して情報を集め、知識を増やしていった。

「プログラムに関する情報はインターネット上にたくさんあります。それを自分で見つけて課題をクリアしていく、というプロセスがけっこう楽しいんです。だからこの時期は本当に大変でしたが、その分やりがいも大きかったと感じています」

苦労を乗り越え、量産された『PLEN Cube』が納品された時は感動したと言う。当時のフランシスカ氏の探究心や前向きな姿勢を、代表の赤澤氏はこう振り返る。

代表取締役の赤澤氏と

「『PLEN Cube』の開発において、彼女には専門外のタスクをお願いすることが多かったんです。最初は戸惑いがあったと思いますが、それよりも好奇心が勝っているのがすごいところ。自分でいろいろと調べて社内に知見を溜めていってくれたので、本当に助かりました」

現在、受託開発で多様なオーダーに対応できるのも、これまでに積み重ねてきた知見や経験があってこそだ。

「プログラミングのおもしろいところは、命令した通りの結果が必ず出るところ。意図と違う結果が出た時は、間違った部分を探して、また書き直して、という試行錯誤がおもしろいんです。コンピュータ言語やロボット技術はどんどん進化しているので、毎日のように新しく学ぶことがありますが、それも楽しみながらフルスタックのエンジニアとして成長していきたいです」

常に新しいことへのチャレンジ精神を忘れないフランシスカ氏。「日本は安全で住みやすく、電車の時間も正確。今後も大好きな日本で暮らしたい」と言い、日本に憧れを抱いた子ども時代の好奇心をまったく失っていない。ソフトウェアエンジニアとしての成長とPLEN Roboticsの成長がピタリと重なるだけに、将来の両者の姿が楽しみでならない。

スタートアップへのイメージ

<Before>

  • ●大企業よりも気軽に働ける

<After>

  • ●アットホームで働きやすい
  • ●自分で調べて判断しないと進まない

自社のイイトコロ

アットホームでみんな仲が良く、代表の赤澤とも話しやすい所です。また、世界中からインターンを受け入れているので、プログラミングのことも含めていろいろな知識や価値観に触れることができます。

スタートアップで働こうと考えている人へ

正解を教えてくれる人がいないので、自分で判断しないと物事が進まない、という状況がたくさんあります。最初は戸惑うかもしれませんが、自分でいろいろなことを調べて、見て、触れて、結果的に成長できる環境でもあります。忙しくて大変な時もありますが、自分が開発した製品が世の中で使われているのを見ると、大きなやりがいを感じます。

スタートアップで働こうと考えてる人
スタートアップで働こうと考えてる人

2022年8月24日取材

(文:福井英明)

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