空間に溶け込む、優しさに溢れる情報インターフェース
木製の長方体。横幅約70㎝のシンプルな佇まい。一見、単なる木材を使用したインテリアにしか見えない。しかし、手で触れてみると、LED ディスプレイが表面に浮かび上がる。
天然の木材とテクノロジーを掛け合わせたスマートデバイス『mui』。
独自開発した木目調のタッチパネルと ディスプレイ、OSを搭載したコンピューターを内蔵。表面に触れると、天気予報や最新ニュースを受信、家電の遠隔操作やその他のアプリケーションとの連携もできる。そして、操作後には表示が消え、温かみある木材のインテリアとして室内に溶け込む。
手がけるのは『mui Lab(ムイラボ)株式会社』。
京都に本社を置く、NISSHA株式会社(以下、NISSHA)の子会社として、社内ベンチャー制度から創業した。今回、代表取締役の大木 和典氏(おおき かずのり)にインタビューし、製品に込められたビジョンや開発の経緯、今後の展望についてお聞きした。
テクノロジーの進歩により、私たちの生活はとても便利になっている。いろんなプロダクトがインターネットにつながり、2020年には全世界のデバイス数が500億個に到達するとまでいわれている。オフィスはもちろん、自宅でも、たくさんのテクノロジーに囲まれることだろう。
その中で、『mui』は「人に寄り添うテクノロジー」を提供する。天然の木材でつくられ、ディスプレイは温かみのある木目調。表示されるのは、生活に必要な情報だけ。大木氏は「情報、自然、人が交差する空間に『mui』を置くことで、お互いの関係性を見直すきっかけをつくる。テクノロジーを人間の生活に上手く融合させることで、豊かな暮らしを実現する」と語る。テクノロジーの冷たさを感じさせない、優しさに溢れたプロダクトは、私たちに新たなライフスタイルの在り方を問いかけているのだ。
技術的に開発が難しい「木」を選んだ理由
大木氏は東京でビジネス開発や営業の経験を積んだあと、NISSHAの米国拠点にて駐在員(営業)として活動。2015年5月、ニューヨークの「国際現代家具見本市(ICFF)」にNISSHAが初出展したとき、『mui』の前身に位置付けられる新規事業企画「Wall Tile」を出品する。
メディアからの高評価に手応えを掴んだ大木氏。2016年2月に社内ベンチャー制度の承認を得て、現在の共同創設者である廣部延安氏と共にプロジェクトを本格的にスタートさせた。
触れて操作するデバイスはたくさんあるが、『mui』の特徴は天然の木材を使っていることだ。当初、ガラスや人工大理石などを使っていたが、プロトタイプを発表したとき、ユーザーからの評価が最も高かったのが「木」だった。「既にあるものではなく、今までにない特色のあるものを作りたかったんです」。ここから、素材を木に集中して開発が進められた。
しかし、ここで問題が立ちはだかる。
天然の木材は品質や見た目にばらつきがある。湿度によって変化しやすく、扱いが難しいうえに、流通数が少なくて価格も高い。様々な理由で好ましくない素材だった。また、これまで誰も挑戦したことのないプロジェクトという未知の領域が故に、開発に取り組む目的が明確ではなかった。チーム内から懸念の声が挙がり、「一時期は組織崩壊の危機もあった」と当時を振り返る。
プロダクトに向き合う時間が必要だと考えた開発チームは、2017年8月にコンセプトを深めるための合宿を実施。『株式会社飛騨の森でクマは踊る(※1)』にファシリテーションを依頼し、「なぜ、木であることがいいのか?」を探すため、飛騨の森林に身を置き、木に関わる人たちの話を聞いた。
合宿を通して判明したのは、「木の見た目と手触りに、人は魅力と価値を感じる」こと。改めて『mui』の特徴を振り返ると、表示デバイスに天然の木を使い、タッチパネルで実際に触れて操作する。「この時に初めて、『mui』を最大限に発揮する素材は木であるという確信を得たんです」。明確な目的意識と納得感を得て、気持ち新たにスタートした開発チーム。2017年10月に「mui Lab株式会社」を創業。現在、大木氏を含む、約10名が開発に携わっている。
人に寄り添うテクノロジーを世界に届ける
再スタートを切った『mui』は世界中で認められる存在となる。
2018年11月、世界最大の家具見本市「CES2019」に出展し、イノベーションアワード(スマートホーム部門)を受賞。2018年10月〜12月、「kickstarter」にてクラウドファンディングを実施し、目標金額10万ドルを超える約11万5千ドル(約1,200万円)を達成した。「kickstarter」での挑戦は、家族と過ごす尊い時間を生むという『mui』の新たなコンセプトに気づくきっかけにもなりました」。2019年1月には、「kickstarter」が選ぶ「Best of Kickstarter」にも選ばれている。
今後の展開について、2つの目標を掲げる。
1つ目は、安定的な収益を得られるビジネスモデルをつくること。そして、2つ目は、企業と契約を結び、テクノロジーソリューションに役立てること。『mui』にも使用されている特許技術「操作表示パネルシステム」を横展開し、世界中の企業と新たなプロダクト開発に臨む。実際、2019年4月には、電子機器大手「株式会社ワコム」と協業し、コンセプトモデル『柱の記憶』を発表。その他、自動車の内装やスマートスピーカーなど、ハードウェアを手がける企業との話が進んでいるという。
社名と商品名の『mui』に込められているのは「無為自然(作為的ではなく、自然の在りさまを示す)」の理念。人の暮らしに寄り添うテクノロジーが、世界中のライフスタイルを豊かにしていくことだろう。
(※1)
株式会社飛騨の森でクマは踊る(通称:ヒダクマ)。林業と地域と世界中のクリエイターを繋ぎ、飛騨の森に新たな価値を生み出す企業。ものづくりカフェ『FabCafe Hida』の運営や企業や団体向けの合宿プログラムを実施している。
https://hidakuma.com/
取材日:2019年5月28日
(取材・文 山本 英貴)