日本では1日平均2万件、およそ5秒に1回の頻度で救急車が出動し、その件数は増加の一途をたどっている(※)。株式会社fcuroは、一刻を争う救命救急の現場で、AIの力を用いて人の命を救い、医師たちの業務負担を軽減するソフトウェアを開発する会社だ。代表の岡田直己氏は現役医師。救急医と経営者という2つの顔を持っている。
※出典:総務省「令和5年版 救急・救助の現況」の公表
AIによる画像診断が外傷患者の命を救う
私たちは、AIを使って救急医の仕事を支援するソフトウェアの開発を行っています。目下最優先で取り組んでいるのはCT(コンピュータ断層撮影)による画像診断をAIがサポートしてくれる『全身検索型画像診断ERATS(イーラツ)』の開発です。
日本では、年間30万件の交通事故が発生し、毎日10人の方が亡くなっています。例えば重症の外傷患者さんの場合、救急搬送された病院での残された命の時間はたったの15分。多くの患者さんは、話すこともままならず、身体の表面から見るだけでは臓器のどの部分が損傷しているのか分からない状態で搬送されてきます。
そこでCTが活躍。頭から足先までCTで画像にすることで、体内を可視化するのです。その画像の数は平均200〜300枚。多い場合は1,000枚にも及びます。医師は蘇生処置を行いながら、それらの画像を見て限られた時間で診断し、処置を完遂しなければなりません。
時間がない、見落としてしまう。これが私たち救急医の正直な心の声です。特に夜間帯などは人手が足りないため、どうしても少人数の体制となり、全ての状況に対応することは不可能なのです。
時には1000枚以上にもおよぶ全身CT画像の中から、AIが異常部位のみを抽出する
実際に私も、あと一歩のところで間に合わなかったというケースを経験したことがあります。そのような事例をひとつでもなくしたいという想いでERATSを開発しました。
ERATSは、全身CT画像の中から10秒以内で異常部位のみを抽出します。医師はERATSが示した部位の読影に専念することができるため、迅速に診断を下し、処置をより早く始めることができます。現在は大阪急性期・総合医療センターや静岡済生会総合病院などの施設で実装を進めています。
新型コロナウイルス感染症のパンデミックの際には、弊社はこの技術を応用して、内閣官房事業として国内で唯一COVID-19のCT診断AIを開発し、複数の救命センターに実装しました。これは世界最高精度の診断ソフトウェアとして高い評価を受け、英国の総合科学誌Nature系列のジャーナル『Scientific Reports』にも論文が掲載されました。
現場が必要とする技術を現場の仲間と共に開発する
現在、弊社の社員は6名、エンジニアを含めたアルバイトは40名ほどで、全員がテレワークです。メンバーは臨床現場の仲間や、幼馴染でもある取締役の井上を中心としたエンジニアたちです。
私が緊急手術で会議を突然抜けても、全く動じることなくいってらっしゃいと言ってくれる社員たち、また、私がどうしても行かなければならない出張の際は、いってらっしゃいと送り出してくれる現場の仲間たち。今も私が臨床現場に立ち続けていられるのは、この仲間たちのおかげです。何よりもこの現場の仲間たちと社員たちとの信頼関係を大切に、運営しています。
なぜ医師になったのか。理由はとても単純で、「救命救急がかっこいいと思ったから」です。事故や災害、急病など、命が危機にさらされている時に本領を発揮することができる。世界のどこにいても、人から必要とされる仕事だと思っています。
そして弊社の強みは、まさに私が現役の医師であること。日々現場で汗を流しているからこそ、仲間たちが応援をしてくれます。今、最も必要な技術はどういうものなのかを、現場の仲間と同じ場所で働きながら考えていくことが、本当に必要なプロダクトを生み出す唯一の方法であると信じているからです。実際に弊社の技術を導入して下さっている医療機関は、私が現役医師であるということに信頼をおいてくださっています。
日本発の人とAIによるhybrid救急診療を世界に届ける
「機械は医療を思考できるのか」。これは私たちが、画像診断AIシステムの研究開発を通して追究し続けていることです。それが、真に現場で役立つAIシステムをつくり上げる鍵であると考えています。
世の中でAIと呼ばれる医療システムも、私たちが開発した全身検索型画像診断AIも、未だ計算する機械に過ぎません。医療従事者が日々行っている、あらゆる検査データと五感とを結びつけて行う診療思考とは、大きな隔たりがあります。
現在、弊社は経時的病態予測AI、対話型医療知識獲得言語AIなどの新型AIを開発しています。これらの知見を統合し、医療を思考するマルチモーダルAIシステム(診療上のあらゆるデータを統合して処理し、任意のアウトプットを出力するAIシステム)をつくり上げ、人とAIによるhybrid救命を実現したいと考えています。そして、このhybrid救急診療を海外展開することをめざしています。
世界には医療格差が未だに存在し、救命救急のインフラが行き届いていない国々もたくさんあります。そのような国々で、一人でも多くの命を救うために、またそこで働く医師たちの助けとなるために、弊社の技術を届けたいと考えています。
そしてその際には、私はビジネスパーソンとしてではなく、その国の現場で働くひとりの医師として、弊社の技術を用いて救命したいと思っています。
そんな夢を叶えるためにも、今日も救命救急の現場で、また経営の最前線で、誰よりも汗をかいて働きたいと考えています。
OIHをこんなふうに活用しました!
2022年に関西スタートアップインキュベーションプログラム「起動」の第1期に採択していただきました。さらに2023年には、第1回HeCNOS AWARDのヘルスケア部門で受賞し、2025年に開催する大阪・関西万博の「大阪ヘルスケアパビリオン」に出展が決定しました。OIHはビジネスの最前線の現場でありながら、仲間やスタッフの方々と温かい人間関係を築ける場所でもある、そんなところがとても好きです。
関西スタートアップインキュベーションプログラム「起動」では、全173社の中から選ばれた。
取材日:2024年5月24日
(取材・文 岩村 彩)